求められることを仕事にしたから誰にも負けたくない。

https://type.jp/st/feature/5159

この記事が好評です。ありがとうございます。

基本的にインタビュー記事は、いい記事が書けたとしても企画した編集さんと話者の力が9割で、自分(書き手)の力なんてものは1割にも満たないと思っているので、特別何か自尊心がくすぐられることはないのですが、自分としても思うところの多かった記事なので、つらつら考えたことを書いてみます。

僕は仕事が好きです。

世の中働き方改革まっさかりだし、同じフリーランスのライターさんの中でも、土日は絶対休むとか、18時を過ぎたらメールは返信しないとか、サティスナブルな働き方を追求している人もいて、羨ましいなと思いつつ、僕はと言うとわりとひょいっと土日でも取材に行くし、「21時から取材なんですけど…」と言われても、そこにイケメンがいるのなら、蛍光灯に群がる蛾くらいの尻軽さで喜んでお受けします。

別にそういう働き方を周りに強要しているつもりはないけれど、仕事に一生懸命な感じは言葉にしなくても漏れ出るもので、たまに友人知人と仕事について話をすると、「まあ、好きなことを仕事にできた人は違うよね」と鼻白まれることがありました。

そこに何とも言えない違和感と疎外感を抱きまして。なので僕は殊更必要がなければ友人知人に仕事の愚痴や悩みは言わないようにしているんですが、このインタビュー記事を書いてて、その違和感の正体がわかったわけです。

僕、好きなことを仕事にできたわけではないんですよね。

本当は昔からずっとやりたい仕事があって、だけどどうしてもそれにはなれなくて、仕方なくというか、生活のために始めたのが取材ライターという仕事でした。

特に出版社や編プロに勤めていたわけでもない、元営業マンの未経験者がライターの道を選んだのも、単に何をしても褒められることのあまりない自分が唯一人から褒められたのが文章だったからで。

だから、自分にとって取材して記事を書くことは、「好きなこと」ではなく「求められること」なのです。お金を稼ぐ上で一番需要のあることをやっているだけ、という感覚。

そうは言ってもエンタメは好きじゃないですかと皮肉めいた視線を向けられるかもしれないけど、むしろエンタメが好きで、つくり手になりたかったからこそ、日々つくり手のみなさんに話を聞いていると、もちろん自分がやれなかったことなのでリスペクトしかないんですけど、たまにぶわっと黒い気持ちが蠢きます。

何で自分は「あっち側」の人間になれなかったのだろうと。

悔しくて、みじめで、ささくれだつ心をミンチにして犬の餌に出してやりたくなる夜が、わりと頻繁に訪れます。

でも、だからこそ、僕はめちゃくちゃ仕事に一生懸命なんだろうなと思いました。仕事のためなら、いろんなものを犠牲にして頑張れるのだろうと思いました。

自分が得意なことだから、人から求められることだから負けたくない。

好きなことを仕事にできなかった悔しさを知ってるから、もうあんな想いを味わいたくない。

たったひとつの人から求められることさえ奪われてしまったら、自分の取り柄で負けてしまったら、もう二度と立ち上がる力さえ湧いてこなくなる。

だから今日も僕は働く。

時代錯誤なくらい、がむしゃらに。

好きなことで負けても、好きだから気持ちは折れないし、今度こそ勝ってみせるぞと頑張れるような気がするけど(実際のところはわかりません)、求められることで負けてしまったら、もうどうしようもなくて、心が死んでしまう。音も色もない世界で立ちすくむ幼子のようになってしまう。

結局のところ、好きなことを仕事にするのも、求められることを仕事にするのも、どちらでもないことを仕事にするのも、それぞれしんどさがあるよね、と思います。楽しそうに見える人だって必ずしも楽なわけじゃない。

だから、やりがいを持って仕事をしている人に「あなたは好きなことを仕事にできたんだからいいよね」みたいな線の引き方をするのはやめてほしい、っていう話。

わりとそこそこ傷つきます。

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横川良明

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