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宅建業者が知っておくべき『重説』に関する調査実務⑥法47条1号に関する事項(5)-心理的瑕疵-

このnoteでは、『月刊不動産流通』の過去の記事を紹介しています。

今回は、「宅建業者が知っておくべき『重説』に関する調査実務」
重要事項説明時における実務上の注意点を、実際のトラブル事例を交えて紹介するコーナーです。『月刊不動産流通2019年6月号』より、「法47条1号に関する事項(5)-心理的瑕疵-」を掲載します。

法47条1号に関する事項(5)-心理的瑕疵-

 今回は法47条1号に関する瑕疵の最後として、「心理的瑕疵」に関する調査実務を解説する。

1.心理的瑕疵の種類と紛争

⑴心理的瑕疵とは
 取引物件内で不慮の死などが発生した場合、日常生活に安全面の支障や著しい不安を感じなくとも、使い心地が悪く忌み嫌う人が多い。心理的瑕疵とはこのような取引物件内の嫌悪すべき歴史的背景等に起因した心理的欠陥をいい、具体的には自殺や他殺のほか、火災、地歴なども含まれることがある。

 また一般に心理的瑕疵といえば、近隣に暴力団事務所があることや隣人の迷惑行為などが含まれる場合があるが、これらは取引物件外にあるという意味で前回の環境瑕疵とも重複するため、ここでは「取引物件内(マンションの1室も含む)」で発生した売買に限定したい。

⑵心理的瑕疵の種類と紛争
 心理的瑕疵に関する紛争は、まずそれが瑕疵に該当するかどうかが争われ、次に瑕疵であった場合は売り主の告知義務と仲介業者の調査義務が問題となる。心理的瑕疵かどうかはこれまで裁判で数多く争われており、それら一定の蓄積と書籍文献があるので、ここでは簡単に解説する程度に留める。

 一般に人が嫌悪する心理的瑕疵の中で最も紛争が多いのは、その取引物件で発生した「人の死」に関するものである。この場合、自然死については腐乱死体の状態で発見されたなど特殊なケースを除き通常は心理的瑕疵として扱われず、たとえ裁判で争いがあっても瑕疵とまで認定されないようである。一方、一般に心理的瑕疵と言われるのは「不慮の死」によるもので、死因別にみると「自殺」が最も多く、次に「他殺」や「焼死」も一定数の紛争がみられる。

 これらのほか人の死に関して言えば、数は比較的少ないが、過去にその場所が墓地であったケースも心理的瑕疵の紛争としてみられる。地歴は前回解説した環境瑕疵の調査(古地図等の確認)である程度防ぐことが可能でる。

 人の死に関すること以外にも、例えば、その部屋が過去に「特殊風俗事業店として使用されていた」、「振り込め詐欺の送金先として使われていた」、「宗教法人や暴力団事務所として使用されていた」などさまざま「過去の利用状態」による心理的瑕疵のケースが報告されている。これらに共通しているのはいずれも共同住宅などの1室で賃貸されていたケースで、昨今投資用不動産の売買が多く見られることから、今後もこの手の紛争が多くなると予想される。

⑶心理的瑕疵に対する司法の判断
 心理的瑕疵について判例をみると、裁判では主に次の点を総合的に考慮して、瑕疵の有無や損害の程度を判断しているようである。
①行為の性質
②経過年月
③地域性
④発生場所
⑤利用目的
⑥その他
 これらのほか、当事者の個々の具体的な事情など個別のケースに応じて総合的に判断されるようだ。

 以上見てきた心理的瑕疵による紛争の特徴は、法律等で明確な基準がなく何が心理的瑕疵なのか自分で判断できないという点である。宅建事業者としては心理的瑕疵に該当するかどうか少しでも迷ったら弁護士等に相談することが必要である。

 また、心理的瑕疵による紛争のいずれにも共通していえるのは、「告げていれば紛争にならなかった」という点だ。最終的に心理的瑕疵がないと判決されたものでも、一度紛争が発生すれば一定の時間や労力、費用が掛かることは覚悟しなければならない。

 従って、心理的瑕疵については例えば何年経過しているから告知しないといった独断することなく、原則として自分が気になることは相手方に告げておくことを勧めたい。

2.調査実務のポイント

 次に告知を前提として、これら心理的瑕疵の有無を知るための調査について考えてみたい。心理的瑕疵があるかどうかを完全に明らかにする調査方法はないが、相手方がどのようなきっかけで心理的瑕疵を知ったかが調査方法を考える上で参考になる。これまでの紛争事例をみると、最も多いのが「近隣住民から教えてもらった」というものであり、次に近年増えつつあるのが「インターネットから情報収集して知った」というケースである。

 そこで心理的瑕疵の調査については、少なくとも⒈売り主からの情報提供のほか、⒉近隣住民への聞き取り調査、⒊インターネット等の収集確認の3点が必要になる。

⑴売り主からの情報提供
 これまで争いになった心理的瑕疵はいずれも相手方に告知されていないことが前提で、当たり前の話であるが相手方に告げていれば紛争にはならない。従って、心理的瑕疵を未然に防ぐには、売り主が情報提供や開示に承諾してくれるなどの協力が不可欠になる。

 売り主には①告知書はもちろんのこと、②購入時の重説書や契約書がもし保存されていればそれらも必ず確認しておきたい。売り主が購入した時の重説書等をみると過去の告知事項が記載されていることがある。

⑵聞き取り調査
①近隣住民に対する聞き取り調査

 心理的瑕疵の紛争のきっかけの中で「近隣住民から知った」というケースが最も多くみられる以上、近隣住民への聞き取り調査は欠かせない。調査範囲は時間的制約から限界があるが、できれば4~5件は聞いておきたいところである。

 昔の心理的瑕疵を知っている場合、何年前の事故まで告げる必要があるかどうか判断に迷うケースもある。そのようなときも近隣住民へ聞き取りが有効で、それとなく(事故を特定することなく)聞いてみると良いだろう。近隣住民の記憶に残っていれば、たとえ昔の出来事であっても告知義務があると考えなければならない。

②マンション等の場合
 賃貸マンションや分譲マンションなどの場合、⒈⒉のほか管理会社や管理組合に尋ねてみることも必要である。個人情報を理由に教えてくれないこともあるが、売り主(所有者)やその親族などであれば教えてくれることも多い。

⑶新聞・インターネットの活用
 売り主の告知義務や宅建事業者の注意義務に関しては新聞報道されていたかどうかも関係してくるようである。過去の新聞報道に関して一つずつ調べるのは困難であるが、検索エンジンで取引物件の住所や物件名などのキーワード検索ぐらいはしておきたい。

 また以前は前述したように近隣住民から知ることが多かったが、最近では相手方がインターネットの掲示板や事故物件サイトで知り、それがきっかけで紛争になるケースが多い。しかしこれらは情報の正確性が担保されておらず、事実と異なる情報が掲載されていることも多いと聞く。従って、このようなサイトを確認する作業はトラブル未然防止のために必須であるが、その情報を過信せずに必ず事実確認を行なう必要がある。

⑷心理的瑕疵の事実確認と書面への記載
①事実確認について

 前述⑴~⑶による情報が正確かどうか分からないケースも多い。直近で死亡した人がいる場合は、できれば売り主に死亡診断書等を見せてもらうか警察署へ情報開示を求める作業までしておく方が安全だろう。

 通常は、症状が悪化しそのまま亡くなった場合は、医師の判断で死亡診断書が作成される(図1)。病院で亡くなった場合はもちろん、自宅で亡くなった場合でも、かかりつけの医師がいてその診察をしてきた病気が死因であれば、その医師から死亡診断書の交付が可能である。

図1 死亡診断書(死体検案書)の例(厚生労働省「平成31 年度版 死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」 より抜粋)

 一方それ以外の状況で、突然病院外で亡くなったような場合や、医師の死亡診断書が作成できない場合は、警察官や検察官と医師が遺体を確認する検視が必要になる。検視は、検察官やその代理人が医師の立ち合いのもと遺体や状況を調査して、身元や犯罪性の有無などを確認する手続きである。このような状況の場合は一般に死体検案書が作成され、警察署が故人の死因等に関する情報を持っている。

 このとき問題になるのが、警察署へ問い合わせをしても故人の死因を第三者に開示しないケースが数多く報告されている点である。もともと検視は人の死に犯罪性があるかどうかを確認するためのもので、例えば自殺等であっても事件性がないとだけ告げられ詳細まで教えてくれず、後に紛争になったケースもある。

 また、自然死であったはずが後で自殺であったと近所で噂になり紛争になるケースや、自殺を図った後に病院に搬送され死亡したと聞いていたはずの事故が、後で息をひきとった時点が自宅だったと分かったりするなど、開示された情報が不正確でトラブルになるケースも多い。

 さらに前述した死体検案書に自殺という記載があっても、裁判所の事実認定により自殺があったとはいえないとされた判例まである(東京地裁 平成22年1月15日判決)。

②書面の記載の仕方
 以上から言えることは結局、心理的瑕疵については本当のところ分からないことが多く、真実を追及しても宅建事業者の通常の調査には限界がある。このため重説書等には自身が調査した「ありのまま」の結果を記載しておくことが必要である。

 心理的瑕疵が見つかった場合に書面に記載すべき内容は、「心理的瑕疵の事実(=何があるのか、またはあったのか)」は必須であり、また、そのために売買代金等を減額したのであればその「金額」まで記載した方が後に当事者が合意した証拠となって安全である。

 「心理的瑕疵の事実」については、「いつ」、「どこで」、「何が」があったのかを記載すればよく、「誰が」といった特定の個人情報を記載しない配慮も必要である。また、前述した情報源が間違っている可能性も考慮すれば、これらの情報源(誰から聞いたのか、何の情報に基づくのか)まで記載しておく必要もあるだろう。

 心理的瑕疵については売買代金等の減額が必要になるケースも多い。この点、人の心理的嫌悪の程度からくる損害は慰謝料と同じく定量化できないが、判例をみると賠償額は、通常「売買代金の〇%」として決まっているようである。

 そこで、参考までにこれまでの判例からみた売買代金と賠償額の傾向をみると図2の通りであり、回帰係数からその平均は売買代金の約15%と考えられる。

図2 売買代金と判決で確定された、心理的瑕疵による賠償額との関係

 もちろん前記1.⑶で見た通り、実際の裁判ではさまざまな個別の事情を考慮して判断されており、例えば睡眠薬で自殺を図り病院で死亡したケースでは損害賠償として認められたのは売買代金の1%であった(東京地裁 平成21年6月26日判決)。このように売買代金を減額するのであれば、個別の事情を踏まえ当事者間で決めた上で、重説書や売買契約書に記載しておくことが必要である。

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★次回予告

来週は、『月刊不動産流通2019年6月号』より、
「地図博士ノノさんの鳥の目、虫の目」をお届けする予定です。

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