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社員証を会社のトイレに流した話

大学時代、オクトーバーフェストというイベントのアルバイトをしていたことがある。

オクトーバーフェストはドイツのビールの祭典で、その名の通りドイツの10月に行われる。数年前、日本ではオクトーバーフェスト(略してオクフェス)のプチブームがあり、「オクトーバー」と称しながら5月〜9月の「飲みたいとき」に全国各地、適当に開催されていたのは、皆さんご存知だろうか。

私のオクフェスバイトは某都心で行われ、夜は丸の内エリアで働く「大企業の大人たち」でごった返していた。バイト女子勢は、ドイツの民族衣装と言う名のただのメイド服で会場をうろちょろするのたが、お酒の入った大人たちは騒ぎ、ときにメイド服の女子をナンパし、しょっちゅうグラスを割り、取っ組み合いのケンカも起きた。平日の夜だけ、アメリカのちょっと治安の悪い州みたいだった。

そして宴の後は大量のゴミと落し物が残った。ストッキングを拾ったり、くまもんストラップを拾ったりなどしたのだが、意外にも落し物ランキング (個人賞)第1位は財布やケータイでもなく、「社員証」だったのだ。

私はくったくたになったメイド服を着て、名だたる企業の社員証を拾っては、就活直前の苛立ちもあり「ちえっ!社員証なんておとしやがって、、、」と思っていた。こんな大事なもの無くすなんて。知らないサラリーマンよりも私のほうがセキュリティ管理が強固だぞ、と。なんならこの社員証で、こっそりこの会社に入ってやろうかしら!なんて。

そして、私。社会人6年目。
社員証を、会社のトイレに流した。

一瞬の出来事だった。
トイレを流した瞬間「社員証らしきもの」がさっと消えていくのを見たのだ。

目を疑った。ここで反射神経が良くて度胸のある人間だったら、即座に便器から取り返せたかもしれない。しかし、私はそのショッキングな映像に「何が起きたか」理解をする処理能力がなかった。取り敢えずそのまま個室から出た。

手を洗い、鏡を見ると、首から下げている社員証ケースが空になっていた。

あー....。と思い、もう一度、入った個室トイレに行く。

そこにあるのは綺麗に清掃されている、いつものトイレの個室。もしかして?もう一度?流したら?出て?くるかも?という謎原理が働き、もう一度流してみた。が、流した後も同じ風景だった。余計に奥に流れた気がする。

平静を装いながら自席のPCで「社員証 トイレ 流した」とGoogleで検索すると、Yahoo!知恵袋で唯一同じ過ちを犯し焦っている人を見つけた。(同志はいるのだ。)そのアンサーにはなんと、「懲戒処分」の一言が。Yahoo!知恵袋のチエリアンはいつだって世間に手厳しい。そう分かっていても、「社員証をトイレに流したのが理由で、懲戒処分になったら...?」と想像をしてしまった。懲戒処分そのものというよりも、懲戒理由がアホ過ぎて死にたくなる。いや、それよりも、総務にまずは報告しなければ。Yahoo!知恵袋は人生において何も解決しない。解決してくれるのは、歌詞が思い出せない時くらいだ。

しかし、迷った。

開口一番に、「トイレに社員証流しました」とは言いたくなかったのだ。なんでかって、そりゃ恥ずすぎるカラ〜。プライベートではへなちょこなのだが、流石に会社では"そこそこ"きちんとしている中堅社員だカラ〜〜。山のような仕事をさばきながらぐるぐると考えた結果、もういいや、単純に無くした、と伝えることにしよう、と決意した。

総務の優しいお姉さんたちは、社員証紛失についてとても心配をし、ありとあらゆる社員証のありそうな場所を提示し、警備員にも連絡を入れてくれた。大捜索をしてくれたのだ。申し訳ないのですが、トイレなんです....と心の中で思いながら。。

そして不思議なもので、私はそんな状況下で「あれ?ほんとにトイレなのかな??」と思えてきた。つまりは、トイレに流したのは本当に一瞬だったので、その記憶自体も曖昧になってきたのだ。待てよ。本当に、どこかに落としたのかもしれないな。。うん・・。そういうことにしよう。脳の記憶を都合よく塗り替えた瞬間だ。総務のお姉さんの言う通り、コピー機周りから廊下まで探しまくり、同じ課の人たちにも伝え、書類の隙間などもチェックした。

しかし、当たり前のように見つかることはなく、時間だけが過ぎた。

やはり。トイレだったのだ。
今ごろ、悲しいことに、下水道のどこかだろう・・・。

私の会社の社員証は中にICチップが入っており、社内のコンビニなどで買い物が利用できる。それらの不正利用を防ぐため、当日の17時までに見つからなければ強制的に機能を止めるルールがある。16時50分くらいに総務のお姉さんがやってきて、「見つからない...?かな....?」と様子を伺ってくれた。

ないです....(訳:下水道です.....)と伝えた。
私の社員証は機能停止をされ、6年間ほどの命が途絶えた。
(医療ドラマの心肺停止のシーンのように)

この日は、様々な人に嘘をついてしまったという後ろめたさでいっぱいだった。なので、友人や家族などにこの事件をすぐに伝えまくり、笑い話にした。会社のトイレで社員証を流す、ということに「哲学」「人生の転機では」と友人たちがコメントしてくれ、持つべきものは友だなとも思った。
でも、嘘は良くないんだぜ!!!!!!

今日、社員証紛失に関する顛末書が承認された。生まれて始めての顛末書。「今後の対策」のところに「これからは社員証ホルダーを可能な限り強固なものにします」という、筋肉モリモリな謎の対策を書いたのにも関わらず、顛末書が一発で通った。

下水道を通った社員証は、一体どこに行くのだろう。
6年間ほど、もがきながらも頑張った会社員生活の”相棒”。
見知らぬ国の海岸とかで見つかるかもれない・・。何だかそれもロマンかな、、。と思ったが、水道局のWEBサイトを見たら全くそんな仕組みにはなっていなかった。たぶん、どっかのポンプで引っかかって見つかるのだろう。

どうか、どうか。会社に連絡が行きませんように。。






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