見出し画像

2021年アースウォッチ環境DNA調査成果発表会Q&A

アースウォッチ 「環境DNAを用いた魚類調査プロジェクト(Supported by: 株式会社カカクコム)」の2021年に行われた調査の成果発表会でのQ&Aです。重複する質問がありましたので、質問を編集し、まとめたものに対して、回答を掲載しています。掲載されていない質問もありますが、どうかご容赦ください。


アースウォッチの環境DNA調査についての質問

Q1. 上位10位までの魚種は何でしょうか?2021年と2020年で変化があれば、両方とも教えて下さい。
A1. 2年間での上位10位は、クサフグ、ボラ、クロダイ属、カタクチイワシ、メジナ、イソギンポ、ウミタナゴ属、トラフグ属が共通で、順位は多少入れ替わるものの、安定して10位以内に入っています。アゴハゼ、スズキ、メバル属、マアジ属は、2年間で10位に入ったり入らなかったりと変化がありますが、いずれも上位の魚です。

Q2. マアジは第何位でしょうか?
A2. 15位タイで、ナベカと同じです。

Q3. カワハギ、ウマヅラハギ類は検出されていますか?
A3. 検出されています。カワハギは27位タイ、ウマヅラハギ属は102位タイです。両種とも、個体数の割には検出されにくい魚種かもしれません。

Q4. 調査地点のうち、1~2箇所の地点でしか見つからなかった魚は、2021年と2020年の間では、ほぼ同じ種類だったのでしょうか?
A4. 2年間を比べると、2020年だけ検出された魚が170種くらいいます。1~2箇所の地点でしか見つからなかった魚は200種くらいですので、2021年と2020年では、かなり異なる種類だと言えます。

Q5. 先生方に質問なのですが、個人的に気になった調査地点はありますか?A5.
笠井先生:北海道から見ると、沖縄や小笠原諸島のような南の海は、多様性が高くて羨ましいです(笑)
鈴木先生:七ヶ浜、ひたちなか市、上越市です。この地点の周辺でもっとサンプルが集まれば、魚類相の変化が分かりやすいのではないかと気になっています。
益田先生:今回の調査点のうち最北端ポイントは、魚の種類が多い上、そこでしか見つかっていない魚も多いようで、ちょっと気になる(=潜ってみたい)調査地点です。

Q6. 季節によって魚類相はかなり相違があると思うのですが、この調査では、各地点でまんべんなくサンプリングされているのでしょうか?
A6. 2021年はいずれの地点においても7月末~8月にかけてサンプリングしていますから、その時期の魚類相を反映していると考えられます。この調査以外で、年間を通じてサンプリングした結果を見ると、季節的に回遊する魚の様子が環境DNAから捉えられたりします。

Q7. 夏だけでなく、冬も調査するのはどうでしょうか?また、各地点での調査場所(岩礁域と砂浜域)と採水時間(干潮時と満潮時)などを指定するのはどうでしょうか?
A7. 異なる季節やタイミング、生息地で調査をすることは確かに大事なことだと思います。今よりももっと高頻度で、あるいは高密度で観測すれば、今よりも細かい解像度でのパターンを見つけることができるに違いないと思います。

Q8. 魚の種類が極端に少なかったです。採水地点は、閉鎖中の海水浴場で、遠浅の砂浜でした。当日は、波があり砂が水に舞っているような状態でした。単に魚の種類が少なかったのか、それとも採水環境に原因があるのでしょうか?
A8. 全国一斉採水を初めて実施したとき、魚種の多そうな紀伊半島で極端に検出魚種の少ない事例があり、その地点は、採水時に海が荒れていたとのことでした。海底の砂泥の中には、PCRによるDNAの増幅を阻害する物質が含まれていて、それらが巻き上がった環境で採水した試料はDNAが増幅しにくいことがあるようです。

Q9. 今回の調査では、ドジョウやコイなどの淡水魚が検出されていますが、なぜですか?
A9. 海で採水して淡水魚が検出されることは、しばしばあります。川の水が海に流れこむためか、川の魚が海に流されるのかはわかりません。死んだ魚からDNAが1ヶ月以上放出され続ける、という研究例もあります。こうしたノイズがあるからこそ、多くの地点で繰り返しの調査をすることが重要なのだと思います。実際に生息していることを確認するプロセスも、時々必要と言えそうです。



環境DNAについての質問

Q10. 一回の採水で得られるデータの解析にどのくらいの費用がかかるのですか?
A10. 1サンプルあたり数万円です。今後、環境DNA調査が広がっていくにつれて、さらに安価になっていくでしょう。

Q11. 環境DNAが分解されるまでの時間はどのくらい(何時間/何日/何ヶ月)なのでしょうか?
A11. 海でいけすを用いた実験によれば、いけすに入った魚を取り除いて1時間後には少量検出され、2時間以降ではまったく検出されないという結果でした。検出されるDNAの多くは、採水の1時間前から採水時点までの間に、採水地点の近くにいた魚に由来する、と考えて良さそうです。ただし、死んだ魚から1ヶ月を超えてDNAが放出され続けるという研究もあります。

Q12. 環境DNAの量が多い種と少ない種があったという話が出ていましたが、その地点で検出された種ごとの個体数や全体の中での割合(この種が多いとか少ないとか)などのデータは、環境DNAの量と一致するのでしょうか?
A12. おおまかには一致します。今回は定量メタバーコーディングという方法を用いましたが、それ以前の方法でも、舞鶴湾の目視調査で最も数が多いのがマアジ、2番目がカタクチイワシ、そして環境DNAメタバーコーディングのリード数の最多はカタクチイワシ、2番目はマアジでした。目視調査のデータを長期にわたって集めると、その上位となる種は、環境DNAの量や検出頻度でも、上位となる種が多くなります。

Q13. 個体数を比較したい場合、卵や稚魚のDNA量と成魚のDNA量は、同じ1個体のDNA量としてカウントされるのでしょうか?区別はできないのでしょうか?
A13. 受精卵からも、少量ながらDNAが放出されますし、仔稚魚からも放出されます。DNAの放出量は、同じ魚種であればおおむね体表面積に比例する、という実験結果が得られています。したがって、DNAの量から、稚魚がたくさんいるのか、成魚が少しいるのかはわかりません。細胞の核とミトコンドリアのそれぞれの領域を増やして定量する、という方法の研究が進んでいます。特に精子には相対的に多量のDNAが含まれるため、繁殖のタイミングでは核DNAが多く検出される、という発想です。一方、若い個体は成長が盛んで、成魚よりは核に対してミトコンドリアの量が多くなる、と考える研究者もいます。環境DNAの増幅領域を工夫することで、ターゲットとする魚種ごとの大まかな年齢組成も、将来的にはわかるようになるかもしれません。

Q14. 環境DNAの定量的な分析(定量マイセック法)をすることで得られたメリットは何でしょうか?
A14. 定量分析をすることで、全く異なる地点やタイミングの間でDNA量を比較することができます。最近、時間変動データを使って生物間の相互作用を検出する手法(非線形時系列解析)が提案されましたが、定量マイセック法でデータをとっておけば、後からこのような方法で解析し、どの種とどの種が互いに影響していたかなどが評価できるはずです。



環境DNAの採集場所・方法についての質問

Q15. 桟橋で採取した海水と、潜水して採取した海水など、水深によって環境DNAに大きな違いはありますか?
A15. 桟橋採水の環境DNAからは、海の表層にいるサヨリ、また桟橋の裏側に生息しているイソギンポ、桟橋に付着した生物を食べにくるクサフグ、そして中層を泳いでいるのが上からも見えるクロダイが、いつも検出されます。潜水して採水すると、目視で記録される魚のリストにより近いものが検出されます。それでも、カタクチイワシなどは見ていないのに検出される傾向はあります。おそらく、海の表層近くや中層を泳いでいて落としていった糞が水中に漂っていたり、捕食された残骸があったりするのでしょう。

Q16. 沿岸から採水する環境DNA調査では、底引き網の調査で獲られるような魚(サメなど)は検出できないのでしょうか?
A16. 沖合の底生の魚は沖合の底層の水を採集する必要があります。また、沖合の調査には沿岸調査とは異なる工夫が必要です。例えば、沖合は水の量に対して魚の量が少ないので、沿岸よりも多くの水を濾過しないと、うまく生物が検出できないこともあります。科学者は沖合の生物相調査にも環境DNA技術を利用することを始めています。

Q17. 水をろ過するだけなのであれば、環境DNAは下水処理場でも採集可能なのでしょうか?
A17. 微生物や病原体の環境DNA・RNAは、下水処理場でも通常の方法で採集可能です。魚の環境DNAはわかりません。

Q18. 環境DNAの場合でも、プランクトン調査のようにトロールネットを曳航してサンプリング効率を高めることはできないでしょうか?
A18. これまで行われた実験からは、プランクトンネットくらいの目合で捕集できるDNAよりも、もっと細かな目合で捕集できるDNAの方が量が多いと報告されています。私たち研究者が通常使っていて、今回のアースウォッチの調査でも用いたフィルターの目合は、0.45マイクロメートルです。プランクトンネットの目合は様々ですが、数十マイクロメートルから1mmくらいのものが多いようです。



環境DNAの精度についての質問

Q19. 1地点1回の採水で、「この地点にはこの魚がいる・いない」と判断してしまっていいのでしょうか?
A19. 1地点でバケツの採水は最大で10回、ステリベクス2本を使って環境DNAを採集しています。環境DNAは極めて感度の良い手法ではありますが、「いるけれど検出されない」、「1回目には検出されず、2回目には検出された」ということは、しばしばあります。少ない地点数や少ないタイミングの調査だけでは、取りこぼす生物も出てくると思います。より確かな生物相の推定には繰り返しの調査が大事です。

Q20. 潜水調査で見ることができるのに、検出されなかった魚は何でしょうか?
A20. 検出されない魚はたくさんいます。例えば南三陸町だと、個体数が少ない魚(クチバシカジカ)、とても小さい魚(ダンゴウオ)あたりは、年中潜水で見られますが、検出されません。この他にも、DNA情報そのものがデータベースにない魚(DNAが未登録もしくは未記載種)も、科や属で止まってしまい、『種』としては検出されていません。

Q21. 潜水調査で見ることのできる魚が、なぜ環境DNAでは検出できないでしょうか?
A21. 「見えるのに検出されない魚」問題の原因として、その時たまたま魚がDNAを放出していなかった可能性と、DNAの増幅に用いるプライマーが一致していない可能性が考えられます。

Q22. 環境DNAが検出できない魚たちには、どういう特徴はあるでしょうか?
A22. たまたま魚がDNAを放出していなかった場合は、数が少ない魚、小さい魚、海底近くにいて活動的でない魚、泥の中に潜る魚、鱗がはがれず粘液も出しにくい魚などが考えられます。増幅に用いるプライマーが一致していない場合は、DNA配列のデータベースに対象としている魚の配列がなかったり、あるいは同一種と思っていても、日本海側と太平洋側とでDNAの配列が異なっていて、太平洋側のタイプだけがデータベースにあることなどが考えられます。

Q23. 潜水調査で見ることができるのに、環境DNA調査では見つからない問題の克服方法はありますか?
A23. 泥の中に潜る魚などは、泥から出てくる時間帯に採集したりする必要があります。増幅に用いるプライマーが一致しない場合では、専用のプライマーを混合することで改善することが多いと思います。マグロ、アナハゼ、メバルなどの分類群を対象に、そうした研究が進んでいるようです。



環境DNAのデータベースと魚の種の特定についての質問

Q24. シークエンスした配列の情報は、既存のデータベースと照合して魚種を特定しているのでしょうか?それともシークエンスした情報からデータベースを作成し、照合しているのでしょうか?
A24. 魚種の特定は、既知配列のデータベースと照合しています。

Q25. 現在日本から報告されている魚のうち、環境DNA解析に用いられているデータベースがカバーしている率はどのくらいなのでしょうか?
A25. 日本産魚種全種リストには4665種掲載されており、データベースには7700種近く登録されていますが、データベースの魚は海外の種も含まれている上、種名が両リスト間で統一されていないため、厳密にはわかりません。また、データベースに配列が登録されていても、種内の変異幅を見積もるのに十分なほど登録されているとは限りません。

Q26. リストで属までのもの、種までのものの違いを教えてもらえないでしょうか?また、適合率のようなものがあれば教えてください。
A26. 種まで特定できていないものは、種間でデータベース上の既知配列に変異がないまたは少ない、またはデータベース上に既知配列がそもそもないものです。適合率はありません。

Q27. 環境DNA解析では、データベースにはない新種の検出はできるのでしょうか?
A27. 既知配列のデータベースとの照合で種名がわからないものは、変異が十分でないか、データベースに既知配列が登録されていないものです。データベースに既知配列が登録されていないものは、新種の候補と捉えることが可能です。「海底の洞窟内には未知の魚がいるのではないか?」と主張する研究者からの依頼で、入り口が水深30mにある海底洞窟内を潜水し採水したことがあります。その時は、残念ながら新種は見つからなかったようです。



その他の質問

Q28. 環境DNAの本は出版されていますか?
A28. 2021年3月に「環境DNA: 生態系の真の姿を読み解く」という書籍が共立出版より出版されています。環境DNA学会の企画、兵庫県立大の土居秀幸先生と東北大学の近藤倫生先生が編者です。

Q29. 魚類の分布変化について、魚の温度耐性という議論の他に、プランクトンや海藻などの餌の分布変化やその他の要因による、という議論もあるのでしょうか?
A29. 魚類の分布は、プランクトンなどのエサの分布、海藻など卵を産む場所の有無、水温、水質など様々な要因が複雑に絡み合いながら変化していきます。雑食性であったり、産卵場所が特殊ではない魚だと、分布は海水温に合わせて変化すると考えられますが、回遊性の高い魚だと、分布はエサ生物の分布に合わせて変化していきます。

Q30. 種ごとの温度耐性については、一般的に知られていることなのでしょうか?
A30. 魚の耐性試験には統一された手法があり、その結果を生息限界の基準としています。熱帯域から日本周辺まで分布する、いわゆる「南の魚」には、アイゴやミノカサゴ、カミナリベラといった種類がおり、これらはおおむね水温11度くらいで動けなくなります。動けずに海底でじっとしていれば、その水温でも活動できるカニなどに攻撃されるため、生き残れません。これは「生態的な致死水温」ということになります。水温の低下そのもので死ぬのは「生理的致死水温」で、11度よりももう少し低い水温の場合もあります。

Q31. 太平洋側の水温が上昇したのはどのような原因が予測されますか?
A31. 長期的に見ると、太平洋側だけでなく、日本周辺のいずれの海域でも水温は上昇傾向にあります。http://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/data/shindan/a_1/japan_warm/japan_warm.html
東北太平洋側に限ってみれば、黒潮またはその分枝流が北上すると、短期的に水温が上昇します。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?