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日常の呪術

人様のおうちを片付けに行くようになって、私自身の体の中により強く流れ出したのは、どこか呪術的な気配すらある「ただの日常」のリズムだ。

ただの日常。ただの生活。

何千年も何万年もあらゆる人が繰り返してきた、寝て起きて家の中を整えて、食事を作って食べては片付け、そういう本当にふつうのこと、ハレとケで言うケの方の力が、めりめりばきばきと体の中に根を張り始めた感覚がある。

だって自分の、他人の、そこばかり何度も何度もまさぐっているのだ。

長い長い病んでいた時期を経て、元気になった私はこの10年ほど、外へ外へと自分のパワーを使っていたように思う。病んでいた間に表現できなかったもの、叶えられなかったことを、それはもう全力で片っ端からやったのだから当たり前だ。

ハレ、に飛び出していくからこそ私は自分の意識を肉体にしっかり結びつけておくことを、片時も忘れないようにはしていたけど

ここへ来て、肉体の延長としての住空間、そこで繰り返される日常のものすごい力に、興味津々だ。

何万年の歴史がゴゴゴゴゴと体の中を突き上げていくような、そんな気持ちにすらなる。

日常の呪術的な力、を思う時いつも浮かんでくるのは、父の国であるアイルランドの、ケルト文様だ。

この文様が示す意味などを私は全然知らないけども、この執拗な繰り返し、頭おかしいんじゃないかってぐらい何度も何度も繰り返す渦巻きに、何万年も続く人類の日常、と同じパワーを感じる。

日常は、ぐるぐるぐるぐる、とにかくめんどくさいのだ。そのめんどくさいやつに真正面から飛び込んで、ちゃんと見る、と決めたからこそ、この圧倒的な力を私は味方につけつつあるような気がしている。

気付いたら、ただの生活が楽しくて毎朝跳ね起きるような、そんな人になっていた。

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