不変の時の流れを鳴く

フランス菓子店でバイトを始めた。

大量のケーキを箱詰めするときも、
手が滑ってメッセージプレートがスポンジに食い込んだときも、
次から次へと客がパンオショコラを注文するときも、
店内の右手、
大柱にかかってる鳩時計は毎時変わらず時間を教えてくれる。
一秒もずれない。

終業1時間前、
ぼーっと窓の外の看板を眺めてたら今日5度目の鳩時計が鳴った。
その瞬間、
恐ろしい震えの中にある柔らかい和らぎを私に思い起こさせた。

あ、そうだ、
歯医者だ。
幼いころ通ってた歯医者に鳩時計があったんだ。

私は大の歯医者嫌いで、
そのくせ歯を磨くのも面倒くさがっていた。
虫歯がしょっちゅうできるから
治療によく行ってた。

いろんな銀色の器具がよくわからずに
口の中に入っていって
いつもすごく怖かった。

けれど、
私が座る2番席(部屋の一番真ん中にある)の目の前の壁にかかっている大きめの鳩時計が気をそらしてくれた。

赤い屋根に木造りのシンプルな家型。
上の窓から鳩が出てくる。
それと同時に下の左右にある窓からはウサギやリスが顔を覗かせる。
緑色の窓枠が、
夏と秋の間を思わせるような、
なんとも良い色だった。

治療中、
鳩の鳴き声がふと聞こえてきて
うさぎやリスが上下に揺れ
とっても嬉しそうにこっちを眺める様子が
目では見えなくても
私には見えてた。

嬉しそうなうさぎもリスも、
結構無表情な鳩も、
お気に入りの緑色の窓枠も、
赤色の平たい屋根も、
恐ろしさの中の唯一の和らぎだった。

過ぎていく時間を確信したから、
どんなに恐ろしい時も鳩が変わらず鳴くようにあっけなく過ぎていくから、
そう無意識に感じていたのかもしれない。

あと1時間、
お客が来ても来なくても
忙しくても暇になっても
鳩は変わらず鳴くんだろう。


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