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暴力を伴う外交④「軍事力の役割」

何らかの社会秩序を維持するには、協力する者へ報酬を、害する者へ制裁を与える能力が求められる。これを担当する中央政府がある場合、社会参加者の代理人として警察や刑務所などが処罰を執行している。しかし国際社会には中央政府が不在なため、参加者たる各国は秩序の維持、特に国家間の約束を遵守させるには軍事力などによる自力救済が求められる。

安全保障における「パワー」とは国家が他国に対して行動を強制あるいは促す能力と言え、その中の軍事力をハードパワーと、それ以外の経済力や情報力や政治力などをソフトパワーと区別している。そのためジュネーブ条約などの戦時国際法によって民間人や民間施設などへの武力行使が禁止されている場合、敵国の戦争継続能力や意思を破壊する戦略攻撃には経済制裁やプロパガンダといったソフトパワーが用いられることが多い。

軍事力がハードパワーとして明確に区別されているのは、その物理的な破壊力によって不可逆かつ即効性の価値剥奪機能を持っているからである。無政府状態の国際社会には他国の軍事力行使を防止する確実な方法が無いが、ソフトパワーの多くは効果の発現には早くても数ヶ月以上を要するため、やはり即効性のある自衛手段として軍事力が必要となる。

軍事力には役割の大きな順番に、強要・抑止・抵抗・民生支援の4機能がある。強要機能とは対象国の活動変更を強要する機能であり、軍事侵攻や敵国の政治決定の撤回など現状変更を目的とする。対する抑止機能は現状維持を目的とするが、当事国双方に合理的な損得勘定が可能であること、抑止が失敗した際に適切な報復を実施できる能力と信ぴょう性が必要とされる。この抑止に失敗すると次に抵抗機能が発揮され、これにより自国の被害を軽減しつつ敵国に損害を与えることが期待できる。最後の民生支援機能は軍事組織の自己完結性を利用したもので、災害派遣・緊急医療・インフラ整備・武装解除・治安維持などの「戦争以外の軍事作戦」として非正規戦や平和維持活動を実施するものである。

軍事力の行使は基本的に軍隊と呼ばれる専門組織が担当する。これは軍事力の発揮に高度な専門技能が要求されるのに加えて、軍隊は敵国に対する武力行使を主任務とするのに対し、国境警備隊や沿岸警備隊、税関や武装警察や公衆衛生局などのいわゆる準軍事組織が民間人に対する法執行を主任務としているとともに、特に国境警備や沿岸警備の任務を軍隊から政治的に切り離すことで無用な軍事的緊張を回避するためである。

なお準軍事組織と軍隊の関係性については、運輸省や内務省の予算と人員で維持されているが有事には海軍などの指揮下に入ったり、また指揮系統上は軍隊と常に分離しているが国防予算で賄われていたりと国によって様々である。とはいえ国有の武装組織である以上は他国との交戦など不測の事態に備えて、職員個人の正当防衛を超えた国家としての自衛権と交戦規定が付与されていることがほとんどである。

参考資料
新訂第5版 安全保障学入門(防衛大学校安全保障学研究会) ISBN:978-4-7505-1543-4
ジュネーヴ諸条約及び追加議定書の主な内容(外務省) https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/k_jindo/naiyo.html
アメリカ沿岸警備隊の任務と根拠法(国立国会図書館 調査及び立法考査局) 外国の立法 259(2014.3)https://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/legis/2014/index.html


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