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浦島年代記(うらしまねんだいき) [現行上演のない浄瑠璃を読む #9]

初演=元禄13年[1700]or 享保7年[1722] 大坂竹本座
作者=近松門左衛門 

 この記事初の近松物。
 タイトルからわかる通り、浦島太郎伝説の翻案だが、半分くらいは安康天皇とその子を身ごもった女御と跡を継いだ雄略天皇の話。全体的にファンタジックな話運びで、おとぎ話めいている。


安康天皇・雄略天皇兄弟まわりの話は『日本書紀』などの内容をそのまま踏襲して劇化している……わけではないようだ。何か先行する物語から取っているのか、それともオリジナルなのかは自分にはわからなかったが、以下のような展開になっている。 


にわかに足が不自由になった安康天皇は退位を決意し、その子を身ごもった女御・中蒂姫に譲位したいと望む。しかし中蒂姫はそれを辞退、民間に暮らしていた安康天皇の弟が探し出され、雄略天皇として即位する
雄略天皇は中蒂姫を母として扱おうとするが、その中蒂姫が雄略天皇に懸想したことから、雄略天皇は近親相姦の罪を犯したとして自ら入牢する。

中蒂姫は何者なのか、彼女のお腹の中にいてずっと生まれてこない胎児の正体とは何なのかというのが見所。
中蒂姫のお腹の子は「袋子」として産まれ(というか、中蒂姫は雄略天皇に懸想した罪で父母に殺され、腹を切り裂かれて取り出された)、忌まわしいとされて大内に入れられることなく、葛城山に捨てられる。
ところが獣たちがその袋を破った拍子に袋の中から怪童が誕生し、全身真っ赤な姿を見せて「眉輪王」と名乗りを上げる。

中蒂姫のお腹の子は実は安康天皇の本当の子供ではなく、彼女に想いを寄せるも退けられ、強い妄執を持って死んだ男の魂が宿ったものだったのだ、という話。 既知の伝説を再現するような設定は、『嫗山姥』に近い。

それはともかく、安康天皇を慕って有難がっていたはずの中蒂姫が、脈絡なく雄略天皇に懸想するのがあまりに唐突すぎて、ついていけない。近親相姦疑惑のネタ自体は実際にそういった説があることがもとになっていると思われるが、段によって登場人物たちの人格がかなりバラバラになっている。合作でもなく、一人で書いてるのになぜここまでバラけるの? 当時はこれくらいの大味でもよかったのか?


 並行して展開される、浦島太郎伝説に基づいた展開の部分を抜き出してみる。

朝廷では、中蒂姫が懐胎十五ヶ月を経ても産気づかないので、彼女に飲ませる薬として、万年生きた亀か千年生きた鶴の生き血を取ってこいという話になる。 浦島ハウスの近所の浜辺にいた超でっかい亀は、朝廷の使い(悪人)に捕まりそうになるが、太郎が金を出して買い取る。実はこの亀、浦島祖父・父にも助けられた経歴があった。なんでわかったかというと、浦島祖父も父も亀の甲羅に自分の名前を書いてから放したから。助けられた超でっかい亀は、太郎に感謝して海へ帰っていく。
ところで太郎には妻子がいた。妻は悪人に襲われた雄略天皇を守ろうとして、海の中へ沈められてしまう。太郎は妻が死んだと思ってショックを受けるが、妻は無事に戻ってきて、親子はまた普通に暮らし始める。 その後、太郎とその妻が朝廷を訪問して魚を納品した折、妻は酒に酔った姿をみんなに見せてしまったため、正体が8,000歳の亀であることを告白して(亀だから酒乱なのか? どういうこと?)、太郎と子供を残して海へ帰ることになる。
さらにその後いろいろあって、太郎は悪人と争って海へ落ち、竜宮に至って亀=乙姫と再会する。太郎は竜宮城のもてなしの中で、数百年にわたる子孫の繁栄を魔法の大鏡ビジョンを使って見せられる。そのなかで、厳島神社の神主となった七代目の子孫が悪人に乗っ取りをかけられているのを見た太郎は子孫を助けるため、竜宮を後にして現地へGO。
現地で「お前誰やねん」扱いをされた太郎は(それはそう)、自分が浦島家の本物の先祖であることを証明すべく、玉手箱をオープン。すると、一気に老化した浦島太郎を見た悪人がビックリして発狂、死。
太郎の子孫は厳島神社の神主に返り咲き、御代に平和が戻る。

現在われわれが認識している「浦島太郎」のストーリーというのは、明治以降の教科書に載った内容が広まったとものだという。それ以前の浦島世界観として、興味深いものがある。というか、竜宮城以降の話がすごすぎてついていけん。
しかし、玉手箱の設定は面白かった。本作での玉手箱は、時間経過コントロール装置という設定のようだ。玉手箱を持っていれば、地上にいても、所持者の時間経過が竜宮城のそれになる。竜宮城の年月経過は現世に比べて遅い。その状態が地上で実現されたとなると、老化が極端に遅れる。玉手箱の中に入っているのは、圧縮された時間ということかな。なぜ龍王は玉手箱をくれるのか、玉手箱は浦島太郎になにをもたらすものなのかが明快で、面白かった。


 浄瑠璃の構成として、エンタメを盛り込むポイントが後世のものとは随分違うよなあということをしみじみと感じた。

『冥途の飛脚』封印切の冒頭で禿が長々と三世相を歌うところとか、『平家女護島』で成経が千鳥との馴れ初めを魚づくしで長々語るところとかあるじゃないですか。本作では、ああいうノリが全編にわたって何度も繰り返される。現行の文楽の感覚(要するに、後世のエンタメ度が上がった、ドラマ性の高い浄瑠璃を知っている感覚)からすると、いくら文章がよかろうが、何回おんなじようなシーン入れてんねんという印象。
ただ、これこそが当時好まれたエンタメなのだろうなと思う。道行や景事のように美しい文言を並べ立て続ける箇所がいくつもあるのは、当時はそういう場面こそがサービスシーンだったんだろうな。近松時代は人形一人遣い、かつ舞台装置も簡素だったと思われるため、すべてを言葉で説明し、言葉自体でエンタメ性を担保しているのだろうなと思った。

また、文章からして、人形や舞台機構的なからくり仕掛けの盛り込みがみられるのが興味深かった。 たとえば超でっかい亀(乙姫)が水を吐くシーンが具体的な描写として描かれているが、当時はそういったからくり的な演出が好まれたのだろう。絵尽にも、人形遣いが持った亀の人形が水を吐いている絵が載っている。

 舞鶴市糸井文庫『桐竹左右衛門一座操人形芝居 浦島年代記』

*トップ画像もこちらから引用

近松時代の人形芝居と現行の文楽は、人形の演技や義太夫の演奏に対する考え方、それを受け入れる大衆の嗜好という意味において、まったく異なっているのだなと、改めて実感した。

読む方法
近松全集刊行会=編纂『近松全集 12巻』岩波書店/1996 など

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