軽薄探偵ヘッダー

軽薄探偵 第三章 事件(4)

「入江百合子が遺棄されていた井の頭公園は、吉祥寺ですよね。そこには何かつながりが……」
「うーん、偶然でしょ」
 安野は涼しい顔でいった。
「今からジャンケンするとしよう。女王ちゃんがグーを出す。僕もグーだった。おおお、何かつながりが……なんで思うかい? 偶然なんて、今、この瞬間にも世界中の至るところで起こっているさ。この世は偶然だらけだよおお」
 ……つくづく変な男とコンビを組まされることになったもんだと綾子は嘆いた。しかしこれは「偶然」ではない、上司の命令だ。「必然」なのだ。とにかくこの男から佑司の浮気相手を全員聞き出せばいい。それが自分の目的だった。あとはおさらばすればいい。綾子はとにかく耐えることにした。
「後の二人は?」
 綾子は安野に浮気データの開示を促した。
「古川智恵、32歳。おおお、女王ちゃんと同い年だねえ、この女も結婚している。住まいは西東京市。夫はコンピュータプログラマー。やはり専業主婦だね。この女は自分用の車を持ってるなあ、この女とは……おお、やはり吉祥寺で密会してるぞ~。どうだい、匂うかい~」
 安野のいう通り、「女」の犯行だったと、とりあえず仮定してみよう。そして入江佑司の浮気相手の中に犯人がいるとも仮定してみよう。そうすると、今あがった古川智恵が怪しい気がするが……。彼女は自分専用の車を持っているという。死体の運搬が可能だ。また吉祥寺は井の頭公園に近い……。
「あの、今の古川智恵という女性について、もう少し詳しいことは分かりませんか?」
「うーん、女王ちゃん。探偵家業なんてのは、地味~なものなのよ。女王ちゃんみたいにでかい組織で動き回れるわけじゃないんだから~。うーん、わからないね。これ以上は。だいたい、僕たちの仕事はね、『密会』の現場をおさえりゃいいわけよ。相手の女が誰だろうと、対象が『浮気』している証拠さえ掴めばいいんだから~。なのに佑司の浮気相手の素性を一応調べた僕って偉いと思わな〜い?」
「あの、まだ最後のひとりが残ってますが……」
 その女のことを聞いたら、帰ろうと、綾子は心に決めていた。
「え? そうだっけ? ああ、渡辺真理子ね。35歳。この女は働いているねえ。結婚してるから、いわゆる共働きってやつだ。夫は引っ越し会社に勤務。真理子は新宿の家電量販店の店員。真理子と佑司の密会は、最初にあげた松下順子とほぼ一緒、まあ、真理子の勤務先が新宿駅に近いってこともあるんだろうけど……」
「佑司の浮気相手五人のうち二人が新宿、二人が吉祥寺というわけですか……なにか意味があるんでしょうか?」
「浮気男に意味なんて求めちゃだめさ。亀に向かって『本当に万年生きるんですか?』と聞くくらい無意味だよ」
「でも、何か気になります」
「あのねえ、佑司の勤務先は杉並区、近い駅はJR中央線の荻窪駅。実際は佑司はクルマで情事の相手を拾っていたわけだけど、荻窪駅から上り線に乗ると、一番ラブホテルが多い駅は「新宿」でしょう。で、下り線だと「吉祥寺」でしょ? つまり佑司は、会社からそれほど離れていないところで女に会ってたってだけだよ~」
 なんだか安野の言ってることが説得力を持って感じられるようになってきた。……口調はともかく。
「少し違った角度から事件を検証してみたんですけど……」
「おっと、ひらめいちゃったかい、女王ちゃん。ドトールはあまりおしゃれじゃないんで、ひらめかないと思ったんだけどな~」
 そう言うと、安野は吸っていたタバコの煙を綾子の方に向かって吐き出した。匂いに敏感な綾子は、これは一種の拷問だと感じた。
「安野さんは女犯行説で固まっているみたいですけど、入江百合子の交遊関係はどうなんでしょう? 彼女にも浮気相手がいて、その『男』の犯行ということは?」
「ちりめんじゃこは、いっぱい小魚がいるからそれなりのポジションを保ってるけど、女王ちゃんがひらめいたのは、その中から『一匹』を取り出したくらいナンセンスなロマンだね~」
「思い出して下さい、安野さん。今、私たちは101号室で起こったと思われる事件の検証にとどまってますが、とにかく九人もの人間が殺されているんですよ。女に可能か、やはり疑問です!」
「うーん、そのことはさっき検証して『女』にも犯行が可能な可能性を検証したじゃない~」
「……そうですが……」
 綾子の納得できない点は、入江佑司の浮気相手の中に犯人がいたとして、では、なぜ102号室の杉浦家、103号室の田中家の人間まで殺さなければならなかったという部分だ。一方で、101号室の入江百合子だけが、死体をわざわざ運び出され、井の頭公園に遺棄されている。そこに何かあることは綾子も「ひらめいて」いる。
「入江百合子にも浮気相手がいなかったとは言い切れませんよね? そして、それは当然『男』です」
「うーん、まあ、男と結婚しているわけだし、レズビアンではなさそうだねえ。とりあえずは。でも入江百合子には後ろ暗いところはないと思うよ~」
「どうして言い切れるんですか?」
「女王ちゃん、ほんとに警察の人? 常識で判断してよ~。入江百合子が、佑司の浮気調査を依頼したんだよ~。で、浮気調査を依頼する人妻は離婚を念頭においている。その際、慰謝料をごぞっともらうために調査を依頼するんじゃないか〜。自分も危ない橋渡ってたら、離婚調停で優位に立てないじゃーん」
 うーん、今の安野の話に、綾子は悔しいが説得力を感じてしまった。
「……ところで……」
 安野がもったいつけたように、そして、この男には珍しく、割と鋭い眼光で綾子を見ながら言った。
「なんで警察は、入江百合子が僕のところに浮気調査の依頼をしたことがわかったの? 受諾書はどこから発見されたの?」
 それは101号室の現場検証をした際に綾子が発見したものだからよく覚えている。
「タンスの中にありました。預金通帳などの下に隠れていましたが……」
「とくに鍵とかはかからない引き出しのタンスだったんだね?」
「はい、そうです。私が発見したのでよく覚えてます」
 そうだ。あんなものを発見したおかげで、今、私はこの変な男とコンビを組まされるハメになったのだ……。
「ナイス、お手柄! 女王ちゃん。それが決め手だ。犯人はやっぱり水島結花だよ」

(つづく)

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