軽薄探偵ヘッダー

軽薄探偵 プロローグ02

 綾子は男にとりあえず尋ねてみた。
「あなたは以前、警察関係の人間と仕事を?」
 警察では事件が起こったとき、その背後にある人間関係を把握するために、素行調査などを行っている「探偵事務所」に捜査協力を頼むことがある。この男……とても探偵には見えないが、以前、警察となんらかの関わりがあったのだろうか……。
「はあ? こんなちんけな探偵事務所に警察からの協力願いなんて来るわけないじゃないっすか~。うーん、僕はね、あなたが机を叩いたとき、『えんま女王』のように見えたからそういっただけですよ~」
 だめだ、またしても男の顔からは「真偽」が読み取れない。こんなはずはない……。綾子は、この男が次第に不気味に思えてきた。しかし、男の言った言葉から、嘘は見抜けた。表情ではない、言葉からだ……、またしても綾子はいい知れない屈辱を味わうことになった。
「あなたは、今、『さすが』という言葉を使いましたね。それは私がそう呼ばれていることを知っているから出た言葉では? 私の様子から『えんま大王』を想像したなら『まるで』というはずです。しかも『えんま女王』って瞬時に皮肉までこめた言葉を思いつけるもんですかねえ!」
「うわ、高圧的だなあ。うーん、そもそもね。あなたの名前を僕は知らないんですよ~。『警察の者』しか名乗ってくれてないし……。こっちは名刺まで渡してるんですよ、電話番号まで書いてある……。試しに電話してみます? この名刺に書かれている番号が『嘘』か『本当』か」
 安野と名乗る男は椅子に座ったまま、綾子の顔を上目遣いに見ながら、挑発するような笑いを浮かべ、テーブルの上にポケットから出した携帯電話を置いた。この界隈の腐った匂いは、この部屋にもかすかに立ちこめている。それも相まって、綾子は気分が悪くなりそうになった。
 ……知っている、この男は。どういうわけか私のことを。「嘘」を見破る達人である「えんま女王」である私のことを……。そして試そうとしている、私のことを。
 安野の顔からは相変わらず真偽は受け取れない。こんなゲームにつき合っている暇はない。綾子はとりあえず、自分の携帯電話を取り出し、名刺に書かれた電話番号に電話した。ほどなく、テーブルの上の電話が鳴った。
 ……本当だった……。
「はーい、あなたの電話番号、ゲットしました~」
 安野は嬉しそうな顔で、携帯電話をいじっていたが、不意に画面を綾子の方に向けた。
「この字であってんっすよねえ、伊藤綾子さん」
 もう驚かなかった。どういう経緯があったか知らないが、この安野という男は自分のことを知っているようだ。
「あなたと遊んでいる暇はないんです。早く入江百合子が依頼した、主人の浮気調査のデータを渡しなさい!」
「だ~から、そんな上から目線で言われちゃ『いやだね~』って思っちゃうよ。いい? 僕は頑張って入江百合子の旦那の浮気相手を血眼になって調べたのよ。だから、これ、とーっても大事なデータなわけね。渡せって言われてもねえ。『お借りできませんか?』くらい言えないの〜?」
 確かに高圧的な態度だったかも知れない。このデータは、あくまでも「協力」という形で借りるものだからだ。背筋を伸ばしてピンと立っていた綾子は、肩の力を抜いた。
「では……その……データをお貸しください」
「それがねえ……ないの」
「ない? ないってどういうこと?」
「うーん、だって、実は調査してないからさあ。依頼は受けたよ。入江百合子って女からね。でも面倒くさくて何も調べてないんだよ~」
 そういって、安野は椅子から半分腰をあげ、綾子の方に顔を近づけてきた。さあ、今の話は『嘘』か『本当』かと言わんばかりに……。
 綾子には……分からなかった。男の風貌、軽薄でやる気のなさそうな態度、調べていないのは本当かも知れない……。
 だったら早く帰りたい。本当は2分もあれば済む話だと思っていた。この部屋に来てからどのくらい経つ? この街の嫌な匂いがスーツに染み付きそうで、一刻も早くここを出たかった。
「ないのなら、帰ります、お邪魔しました」
 綾子は安野に背を向けると、ヒールをならして入り口のドアへと急いだ。
「あー、待って。女王さま」
 綾子は声をかけた安野の方に振り返り、キッとにらんだ。
「浮気調査のデータはちゃんとあるよ。じゃなかったら、おたくの部長さんが、僕のところに電話してくるわけないじゃない。部長さんとはちょっとした知り合いでね。あなたが来ることも部長さんから聞いて知ってたの……」
 綾子はパニックを起こしそうになっていた。この男の言っていることが「嘘」なのか「本当」なのか、さっぱり分からないのだ。こんなことは今までなかった。どうしてしまったんだろう。この街の空気のせいか? 綾子は落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせた。
「うーん、うふふふ。さすがの『えんま女王』もうろたえているご様子で……。ふふふ」
「…………」
 綾子は言葉を返せなかった。
「おっと〜。ごめんね、女王さま、驚かしちゃって。実は『秘密』があるんだよ〜。ふふ。じゃあ、今から手品の種明かしをするから……」
 そういって、安野は不適な笑みを浮かべた……。

(つづく)

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