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軽薄探偵02 「AKB」vs「えんま女王」

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「伊藤さん、伊藤さん!」
 屋上で柔らかい風と戯れていた綾子の背後から男の声がした。振り返ると、同僚の松崎が立っていた。
「なんかあったの?」
「また爆破事件ですよ。こうなったら早くあの真淵って女を締め上げないと……」
「また『AKB』の犯行なの?」
「それまでは、まだなんとも。一報が入ったばかりなので……」
「現場検証は?」
「まだです。さっき爆破したばかりなんで」
「場所はどこ?」
「大田区です」
 ……大田区。綾子がいる桜田門から見て南の方向だ。じゃあさっきの閃光がそれだったのだろうか。
「どこの銀行がやられたの?」
「それが、今度は銀行じゃないんです。町工場がやられたんですよ」
「町工場?」
 テログループ、「AKB」こと「愛と希望の爆破軍」は、三井住友銀行飯田橋支店を皮切りに、現在まで六ヶ所の銀行で爆破テロを行っている。そしてそのどの事件でも、現場に鉄製の薄いプレートを置いていっている。プレートは中が薄く空洞になっていて、その中に、
「真の平和の実現のために、銀行の真の再生のために我々は今後もこうした活動を行う。「AKB」こと愛と希望の爆破軍より」
 と書かれた紙が入っている。いわゆる犯行声明文というやつだ。しかし今度は町工場を爆破したという。ターゲットを変えたのはなぜだ? 綾子には何かひらめくものがあった。「ひらめき」、それも「嘘」を見抜く目とともに、綾子の捜査員としての「武器」だ。
「ちょっと、松崎。私を現場まで連れてって」
「え、伊藤さん、真淵の取り調べは?」
「あの女はまだ落とせない。そもそも『落ちていた女』らしいじゃない」
「でも、伊藤さん……」
 綾子は屋上から建物の中に戻り、そのまま下まで階段を駆け下りた。一歩階段を踏むたびに、左の二の腕に鈍い痛みが走った。綾子は数週間前、左腕に負傷を負った。その傷はまだ完治していない。本来ならば、まだベッドの中にいるべき状態だった。「真淵由衣」が移送されてくるというので、「取り調べ」を買って出たのだ。現場復帰はまだ早い。それを同僚の松崎は憂いているのだ。だから、綾子はあえてエレベーターを使わずに階段を走り降りた。大丈夫だというアピールだ。シューズが階段を蹴る音がザク、ザクと響いた……。
 

 綾子は現場である「須藤産業開発」の前に立っている。焦げたような匂い、何かを焼いたような匂い、さらにそれに何か薬品の匂いだろうか……が混じって、鼻を襲う。
 建物は木っ端みじんに吹き飛んでいたが、幸い、近隣への被害はない模様だ。先に現場に到着していた太田署の刑事に話を聞く。従業員五人、それと経営者の須藤一郎、及びその妻・佐百合と思われる死体が発見されたらしい。「AKB」の犯行とすれば、現在までのところ、最も小規模な被害だ。
 工場と繋がっている「家屋」の方は比較的損壊が少ないということで、綾子は家屋の方に足を踏み入れることにした。手袋をはめ、他の捜査員とともに家屋を調べる。この町工場が「AKB」のターゲットにされたなら、その理由は? 何か出てこないだろうか……。
 綾子は事務机のような机の引き出しを開けてみた。そこで、どこかで見たことがある青っぽい紙切れを見つけた。「受諾書・安野探偵事務所」の文字が見えた。またか……またあの男に会わなくてはいけないのか……。綾子は、鬱陶しさと嬉しさが入り交じったような複雑な気持ちに包まれた……。

(つづく)

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