Abbey Roadスタジオの思い出03

ビートルズが好きで好きでたまらない俺だ。彼らが名曲の多くを録音していた「アビーロード」スタジオに足を踏み入れるのは、たとえ、それが「記事広告」作成のための、ライターとしての立場だったとしても、正直「感激」した。しかし、肝心の「録音」を担当するバンドである「ザ・ボーズ」がいない……。記事を作成する意味でも、「録音の様子」は知っておきたかった。そこで、

「僕が録音します!」

と声をあげ、動向した旅行代理店の男がドラムを担当するということになった。しかし、彼はビートルズを知らない。オカズが出てこない曲を脳内で探し、「I’ll Be Back」という曲をやることに……。

ギターやマイクのセッティングは終わった。アビーロードの第二スタジオには中二階があって、そこがブースになっている。6人の眼が、鋭く、スタジオの方を見下ろしている。うまく行くだろうか……。

ドラマーと軽く打ち合わせをして、ドラムとギターを同時に録音することにした。しかし、ビートルズがかつて立っていた場所に、今、自分が立っているかと思うと、いろんな思いが頭をぐるぐるして、頭は真っ白だ。

「テイクワン、行くぜ、カモーン」

テンションあげればなんとかなると思ったが、指が固まって、次のコードに移ってくれない。開始そうそうボツテイクだ。ブースの視線がきつい。早く終わらせてしまいたかった。そこで、ギターを弾きながらボーカルも録音してしまおうと考えたのだが、英語がからっきしだめな俺は、イギリス人のエンジニアに、それをどう伝えていいのか分からなかった。

「あ~、ギター、ボーカル、セイム、セイム、シンクロ……」

身振り手振りを交えながら、頭に浮かんだ英語を口走っていたら、

「OK!」とブースからエンジニアの声がきこえた。どうやら伝わったみたいだ。こういうことを知りたかったのだ。記事にするとき、英語が得意じゃなくても大丈夫なのかどうかを。

テイク2が始まった。「You Know♪」と最初のフレーズを声に出したとたん、すべてのコード進行が降ってきた。一度もミスすることなく、ドラム、ギター、そしてヴォーカルの録音が終わった。なにかが吹っ切れた俺は、ここで欲を出した。

「ベースギター&ハーモニー、セイム、OK?」

「オウ、イエス、OK!」

スタジオの側にいるエンジニアが、ベースを用意してくれた。

「モニター、プリーズ」

「オフコース!」

適当に単語だけいっていてもなんとかなるもんだな……。

今度はベースを弾きながら、ポールのパートを歌った。ワンテイクで決めた。失敗したところもあったが、「やりなおしたい」とはなかなか言い出せない雰囲気だった。しかし、ビートルズと同じ曲を、同じ場所で録音していることが、俺をやや、大胆にさせた。

「セカンドギター、レック、プリーズ!」

「OK!」

もう一本のギターを重ねて「I’ll Be Back」は完成した。あとはエンジニアのミックスダウンを待つばかりだ。俺はブースに入っていった。

「なかなかよかったよ、藤江くん」

社長から褒め言葉をいただいた。そして、どういうポジションだかよくわからない、業界ゴロ的な中年女性が、

「あなた、いい曲チョイスしたわね。『僕は戻ってくるだろう』って意味だものね。また、あなたここに戻ってこれるわよ」

そのとき、初めて、「お、俺はアビーロードスタジオで、録音したんだ!」という感動がこみ上げてきた……。その日は夕食をたべ、指定されたホテルで一夜を明かした。

朝、「○○さん」から電話が入った。

「藤江くん、アビーロードの横断歩道歩いてみない? 朝だったら、車もそんなに走ってないでしょ?」

あの有名な横断歩道を歩いている所を「○○さん」が写真に撮ってくれた。

その後、我々はリバプールにも行き、元アップルのビルも見学した。結果的に楽しいイギリス旅行だった。

ミックスダウンが終わった音源は、エンジニアがCDに焼いて、「アビーロードスタジオ」のロゴが入ったケースに入れて渡してくれた。そのCDは今どこにあるかわからない。俺ってそういう男だ。

終わり

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