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軽薄探偵 第六章 真相(2)

 しかし、綾子には、謎が残っていた。入江百合子は何故遺棄されたのだろう。そういう「余計」な行動は犯行の発覚を招く恐れがある……。
「分からないことがあります」
 綾子は水島犯人説を言い切る安野に率直に訪ねてみた。
「あれれれれ、女王ちゃんでも分からないことがあるんだ~。驚き桃ノ木だね、こりゃ」
「なんで、水島は入江百合子の死体を井の頭公園に遺棄したのでしょうか」
「佑司が関係していた五人の女はそれぞれに互いを知らない。で、ここからは、さしもの名探偵、安野ジョーも完全な想像なんだけど、佑司もさすがに『妻』がいることは、どの女に対しても隠しておけなかったろうと思う。が、水島以外の女は自分たちも結婚していることだし、そこは割り切っていたと思うわけさ。『結婚願望』を抱いていたのは、独身の水島だけだという可能性が高いね。で、水島視点で見ると、佑司の女は『妻』の百合子だけになる。他の浮気相手の存在は知らないんだから。つまり、水島にとって百合子は邪魔だったんだね……」
「邪魔? 邪魔って……」
「だって、水島からしたらそうだろ? 自分が『正妻』になれないのは、佑司には百合子という『妻』がすでにいるからじゃーん、水島にとって百合子は『障害物』なんだよ~」
「じゃあ、百合子だけを殺害すれば……」
「うーん、女王ちゃん。部長からはもう少し賢いって聞いてたんだけどなあ。君が発見した、うちの事務所への浮気調査依頼受諾書。あれを佑司は見てしまったんだね。で、女たちとの関係の清算を始めた。『結婚』をちらつかせていた水島も清算した。では、水島が一番怒りを覚えるのは……?」
「入江佑司……」
「おおおお、いいねえ。だろ? で、水島にとって百合子は『邪魔物』じゃないか~。だから、百合子の死体だけ、離れたところに遺棄したんだよ」
 しかし、綾子にはまだしっくりこないところがある。
「三家族が殺されているんですよ。水島は、杉浦家、田中家とは関係ないのでは?」
「それは、なんでわざわざ百合子の死体を遺棄したのかが、ポイントになるのよ~」
「ポイントといいますと?」
「水島は、佑司も憎かったけど、一度は結婚を夢見ていたんだ。邪魔な百合子がいなくなった部屋で佑司と……自分で殺してしまったんだけど、あの部屋で佑司との心中を考えたんじゃないかなあ」
「では、死体を遺棄したあと、再びあのマンションに戻ったと?」
「そう。しかも自分を刺すための刃物も持ってね」
「でも他の部屋の住人まで殺めることはないじゃないですか!」
「死亡推定時刻のとこ見てみ。まあ、こんなのあまり当てにならないけどさあ。101号室、つまり入江家のふたりの死亡推定時刻と、杉浦家、田中家との間には1時間ほど差があるっしょ。……そこかから浮かび上がって来る僕の名推理によると、水島は、佑司の部屋に押し掛け、佑司を殺害、妻の百合子も殺害し、車のトランクに乗せ、百合子の死体を遺棄したあと、水島はあのマンションに戻って、自殺しようとした。佑司の近く、佑司の暮らすマンションでね。ところが、佑司の部屋に入ろうとしたところを偶然、102号室の杉浦和也に見られてしまった。すでにひと二人殺している女の心境までは分からないけど、やばいと思ったんじゃないのかな。パニック状態を起こしてしまったというか……。で、刃物を持っていたもんで、和也を殺害、家の中にいた嫁と子供も殺害。で、その凶行の際の悲鳴とか、もろもろを、103号室の田中家に聞かれたのではないかと思った。パニックで完全に見境がつかなくなっていた水島は103号室の人間も始末してしまおうと思った。そこで、杉浦家の杉浦真由美を装って『助けて~』とかいって103号室に入り、四人を殺した……。どうよ。このメルヘンは~」
 まさにメルヘンだと綾子は思った。なんの根拠もない。安野という男が作り上げたメルヘンでしかない。
「ずいぶんと突飛な想像ですね。まさにメルヘンとしかいいようがありませんが……」
 安野はまるで気が狂ったような顔でニヤニヤと笑っている。
「メルヘン、多いに結構じゃーん。僕たちはコンビなんだから。証拠? 目撃者? ノンノンなんだよ。僕には『嘘』を見破る心強い女王ちゃんがついてるんだから。僕のメルヘンが正しいか、正しくないか、女王ちゃんのその『目』が裏付けてくれるわけだろ?」
 綾子は、現場で自分の「目」の才能を活用してみたいとは思った。しかし、安野の話は、やはり根拠がなさすぎる。水島と会っても無駄足に終わる確率が高そうだ……。
「私はあなたのメルヘンで動きたくはないんです。あなたは、私を水島と会わそうとしているようですけど、私自身に確信が持てない以上、そのやり方は納得いかないとしかいえません。私は刑事です。メルヘンでは動けないんです!」
「ほほう。刑事ねえ。じゃあ、刑事の仕事って何よ? 現場百遍とかいって、靴をすり減らすのがステイタスなわけ。靴屋を儲けさせるのが刑事かい? 女王ちゃんなんてヒールの靴はいてんじゃん。『取調室』で、床を蹴るといい響きだしそうだから相手を威圧するには最適だろうけど、そんな女王様プレイが通用するのは『取調室』の中だけだよー。現場で犯人と相対した時どうするよ? そんなヒールで相手に追いつくのかい?」
 何か痛いところを突かれたような気がした。この男は探偵を名乗っているが、綾子が想像している以上に、「警察」の現場を知っているような気がする……。

「いいかい? この手の事件は早期解決しないと未解決になる可能性が高い。仮に水島が『シロ』だったら、それはそれでいいじゃないか。新しいメルヘンをまた考えればいいんだよ~。僕がメルヘンを語るのは、女王ちゃんの、その『目』、その才能を信じているからだ。僕のメルヘンがとんちんかんでも、君の『目』があれば、誤認逮捕は防げるだろ? とにかく水島と会ってみないかい?」

(つづく)

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