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軽薄探偵02 「AKB」vs「えんま女王」

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 今、警視庁の取調室で、女が二人、相対している。椅子に座っている女は、昨日、葛飾区の東京拘置所からここへ移されて来られた女だ。容疑者特有の、警察機構が用意した薄いブルーの服を着ている。黒目がちの大きな眼が、もう一方の女を強く見据えている。女の名前は真淵由衣。現在世間を騒がせている爆破テログループ、「AKB」こと「愛と希望の爆破軍」のメンバーであるという容疑で、逮捕、拘留されている。
 椅子に座っている真淵由衣が、鋭い眼光で見据えている、もう一方の女は、腕組みをして立っている。やや鷲鼻の、通った鼻筋、つり目がちの眼が特徴的だ。髪は長い。背たけも女にしては高い方だ。この女も光るような鋭い眼光を放ち、真淵由衣をキッとにらんでいる。女の名前は伊藤綾子。ブラックのパンツスーツがさまになっている。
 伊藤綾子には特殊な才能がある。相手の「嘘」を見抜く目を持っているのだ。高速動体視力で、相手の「微表情」を読み取る。相手の顔に出るわずかな動きも見逃さない。その「微表情」をキャッチすることで、「嘘」を見破ることができるのだ。
 さらに鷲鼻でつり目の高圧的な顔つきの効果なのか、綾子はこの取調室で、何人もの容疑者を「自白」へと追い込んでいる。嘘を見破ることとも相まって、仲間内は綾子のことを「えんま女王」という本人に取ってはあまり嬉しくないあだ名で呼んでいる。

 真淵由衣の取り調べは二日目に入っていた。真淵由衣はなにも吐かない。
 あなたは「AKB」のメンバーなんでしょ? 違います! ……「嘘」だ。りそな銀行田無支店の爆破事件に関与していたんでしょ? 監視カメラにあなたが映っていたのよ。……私は関係ありません。たまたま駅に向かって歩いていただけです。……「嘘」だ。
 綾子はあらゆる角度から揺さぶりをかけてみたが、真淵由衣の口から出る言葉はすべて「嘘」だった。綾子はさすがにイラついてきた。胸の前で組んだ腕を放し、右手を大きく振り上げ、真淵由衣と自分の間にあるテーブルに右手の平を叩きつけた。
「バーン」という激しい音がした。綾子の髪が一瞬乱れた。
「いい加減にして。嘘ばっかり。あなたが言ってることは全て嘘じゃないの。そろそろ本当のことを言ってちょうだい!」
 真淵由衣が「AKB」のメンバーであると思われる点。それは、りそな銀行爆破の際に監視モニターに映っていたこと。この女をかくまっていた「大崎真一」という男が、真淵由衣を「AKB」のメンバーであると言って警察に引き渡したこと。この二点しかない。立件に持ち込むには弱すぎる。
 綾子には分かっているのに……この真淵由衣は「AKB」のメンバーであることが……。もどかしい。何か、この女を落とす材料が欲しい。客観的証拠が欲しい。
 銀行の貸し渋りが原因なのか、真淵由衣の父が経営する会社は倒産。両親は自殺している。真淵由衣には銀行爆破集団「AKB」に所属する「動機」もある。  
 しかし、真淵由衣は全く口を割らない。綾子は疲労感を覚えた。相手の嘘を見破るためには、相手の表情を、それこそ全神経を目に集中して観察する必要がある。
「神田警部補、少し変わってもらえませんか? 外の空気に当たってきたいので……」
 綾子と同じようにつり目でほお骨がくっきりとしている神田警部補の顔も、まさに刑事向きだなと綾子は思いながら、取り調室を出た。

 綾子は屋上へとやってきた。優しい風が綾子の頬をなでる。髪をなびかせる。自分には分かっている。真淵由衣が「AKB」のメンバーであることが。綾子の特殊な才能である「目」のおかげだが、それだけではだめなのだ。真淵由衣、どうしてあんなにもかたくななのだろう……。日差しが眩しいな……。
 綾子は日差しを避けるため、北の方に顔の向きを変えようとした。そのとき、一瞬、はるか彼方に小さな閃光が走ったような気がした。

(つづく)

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