Abbey Roadスタジオの思い出02

自分で企画した「オヤジバンド」の本の創刊号がそこそこ売れたもんで、2号目の「取材」という名目で、無料でイギリスまで連れていってもらうことになった俺。しかし、俺の今回の仕事は「編集者」のそれであり、また、とある旅行代理店が絡んだ「記事広告」のページを作ることにあった。

朝だったか、昼だったか、成田に少しばかり早く着いた出版社の社長、「○○さん」、そして俺は、ビートル話に花を咲かせていた。そこに、今回、動向する、旅行代理店の二人の男が(彼らがスポンサーなので、しきりのすべては彼らに任せてあった)、やや血相を変えてやってきた。

「実はですねえ。こちらで用意していた、アビーロードスタジオで録音する予定だった『ザ・ボーズ』という、本当の坊さんで結成されているバンドが、葬式が入ったとかで来られなくなってしまいまして……」

お、おい、マジかよ? 「録音」がこのツアーの一番の売りだし、ページ的にもアビーロードで録音している風景が一番「絵」になるのに……。

「ま、とりあえず、イギリス、行きましょう」

社長はほとんど、動じていない。行けばなんとかなるさ的な考えなのだろう。とりあえずイギリスへと旅立つことになった。

中国経由でイギリスへ向かうコースを取っていたため、中国でかなり待たされたが、我々はイギリスの地を踏むことができた。そこから高速道路でロンドン市内へ。

旅行代理店の側が、今回、段取りとして考えていたのは、まず、アビーロードスタジオでの録音だった。しかし、録音するバンドがいない……。あの、有名な横断歩道をじっくり見る気分にもならず、我々はアビーロードスタジオの中へと……。

ビートルズが使っていた第二スタジオは広かった。有名な中二階もあり、そこにエンジニアなどがいるブースがある。おおおお、写真でよく見る、まさに「アビーロードスタジオ」ではないか!

スタジオの中央には「スタンウェイ」のピアノが置いてある。思わず、「レットイットビー」のイントロを弾いてしまった……。

「藤江くん、こっち」

「○○さん」が中二階のブースから俺を呼んだ。俺もその中に入った。中には、エンジニアを努める若い青年と、旅行代理店の男2人、「○○さん」、社長、そして、「プロデューサー」だと名乗る、太めの外国人、さらにロンドンツアーなら私よ、と言わんばかりの、やや歳の行った女性と、俺を含めて8人がいた。

「え~、さてと……」

「ギターやベース、楽器は用意されてるんですね~」

「楽器やスタジオの写真を撮って、ここはしのぎますか?」

じょ、冗談じゃない! このスタジオで「録音」できることが、このツアーの売りでもあり、俺の本の売りにもなるんだよ。スタジオの写真なんて意味ないって……。

「あ、あの」

俺が声を出すと7人がいっせいにこっちを注目した。

「僕が録音します! 僕に録音させてください。このままでは記事が書けない」

「……録音って、ひとりで?」

「はい、見たところ、エンジニアの方、Macを使ってるんで、音を重ねていくことができると思いますんで……」

「急にそんな、大丈夫? 藤江くん」

「待機してくれているエンジニアの人にも悪いじゃないですか。内容なんてぼろぼろでもいいわけでしょ? なんか録音しますんで、『○○さん』は、その写真を撮って下さい」

実際、録音してみないと分からないことが多くあった。英語ができなくてもエンジニアとやりとりできるのか、このブースと下のスタジオ側はどのようにしてコミュニケーションするのか……。

「実は僕、学生時代にドラム叩いていたことがあるんです。僕も参加しますよ」

言い出したのは旅行代理店の2人のうちのひとりだった。彼は妙にプライドが高く、イギリスツアー中、いろいろと俺との確執があったのだが、それはそれとして……。

「助かります。で、せっかくのアビーロードスタジオだから、ビートルズを録音したいんですが……」

「ああ、僕、ビートルズの曲、全然知らないんだなあ」

だったら余計な口だすなよ……。ビートルズを知らないドラマーか、オカズとかキメがあったら、もうダメだなあ……。俺の脳内はあらゆるビートルソングを思い浮かべていた。

「そうだ! 『I’ll Be Back』という曲をやりましょう。その曲なら、ドラムはエイトビートを淡々と刻んでいるだけなんで」

俺とドラマーは、スタジオへと降りていった。スタジオ側にはマイクセッティングなどを行うエンジニアがいた。ギターはストラトキャスターしか用意されていなかった。アコギの曲だが、この際なんでもいい。

ギターをストラップで抱え、マイクセッティングが終わった。ブースの方を見ると、6人のすごい視線を浴びた。その瞬間、曲の歌詞、コード進行、すべてが吹っ飛び、頭が真っ白になった。

もはやテンションあげて行くしかない。

「ヘイ、テイク1 カモーン!」

こうして、録音は始まったのだが……。

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