見出し画像

女性ゲリラ、「生活改善」のリーダーに

依存心を生んだ国際援助

 「社会開発投資基金(FISDL)」で生活改善の普及を担当するアルヘンティーナ・トレッホは、激戦地だったモラサン県出身で、政府軍の迫害を避けるため1981年に15歳で首都に出てきた。ホンジュラス人の父は幼いころに国家警備隊に殺されていた。
 大学に入り、社会の不正とたたかうため学生運動に参加した。ファラブンド・マルチ民族解放戦線線(FMLN)に加わり、ピストルなどの武器を運んだり、山からおりてきたゲリラを家に泊めたりといった後方支援にかかわった。1989年11月のFMLNの「最終攻勢」直後には、夫と1歳の娘とともに国家警察に捕まり、1週間にわたって拷問された。
 1992年の和平合意は「監視されることも怖れることもなくなり、すごく感動した」。その後は、女性や青少年の人権や教育活動にかかわってきた。
 内戦終結後、さまざまな国際組織が資金を提供して子どもの教育を支援し、食料を援助して地域で健康教室などを開いてきた。だが、資金が尽きると多くの活動は途絶え、援助への依存心だけが残った。

貧しさの原因に心の貧しさも

 そんなとき、日本の「生活改善運動」を知った。
 外部からの金銭の援助はほとんどない。周囲にあるものを使って何をすれば暮らしを改善できるかを自分たちで考える。
 たとえば、果物や野菜が健康によいと知りながらお菓子やコーラを口にしてしまう。手洗いの大切さを頭でわかっていても実践しない。生活改善はそうした日々の行動を仲間とともに少しずつ変えていく。
 ある農家の庭にはレモンの木があったが、使い切れない果実は捨てていた。生活改善サークルで「1年に何個とれる?」と尋ねると、「千個」。
「1個いくら?」
「20セント」
「全部でいくら?」
「オレは大金持ちじゃないか! カネがないからといって、貧乏人じゃないんだ!」と、その男性は驚いたという。
「公正な社会を求めて政治や構造を変革しようとたたかってきたけど、日々の生活からはじめるミクロの視点が足りなかった。貧しさの原因はおカネだけではない。心の貧しさもあるのだと気づきました」とアルヘンティーナは振り返る。

アルヘンティーナ (3 - 8)

フレイレの識字教育が下地

 エルサルバドルをはじめ、中南米の農村やスラムにおける左派系の草の根活動は、ブラジルの教育学者パウロ・フレイレの影響を受けてきた。
 フレイレは、貧しい農民の識字教育に携わるなかで、対話に基礎をおく独自の手法を編みだした。
 従来の教育は、世界は動かないものととらえ、人間の側を世界に適応させようとするから「詰め込み」になる。フレイレの識字教育は、日常生活に根ざした「生きた言葉」で読み書きを教え、生活実態や自分の思いを表現する力を身につけさせる。
 抑圧された状況に対して「しょせん俺たちは貧乏人だから」とあきらめるのではなく、状況を批判的に観察することで課題に気づかせ、他人に依存するのではなく、自ら決断して現実に立ち向かう力を養う。そこでは、教師は生徒とともに学ぶ存在だから対話的なスタイルの教育となる。
 アルヘンティーナは、青少年や女性の教育活動で、フレイレの手法を活用してきたから、サークルという形で個々人の自律と自立を促す生活改善がぴったりはまったという。
「経済的にも社会的にも厳しい状況にあったモラサン県は、フレイレの手法による組織化の経験を重ねてきたから、生活改善が一気に浸透したんです」
 活動に参加した中年男性が発した次の言葉が生活改善の哲学だとアルヘンティーナは感じている。
「考える頭をもち、感じたり愛したりする心をもち、行動する手をもつ。それ以上の何が必要だろうか」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?