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マジで死んだらマジしぬ笑

 昼下がりの、ゆるりとした時間の流れるカフェが、一瞬にして悲鳴に包まれた。

 どうやら女の頭が破裂したらしい。
隣に座っていた女と、向かいに座る二人の女は顔も体も血まみれになっている。周りの客と同じように叫ぶ女と、過呼吸になり引きつった声で動けずにいる女……

 幸いにも私はトンボになっているので、警察でなくとも死体に近づくことができる。私がトンボになったのは昨日のこと。
 あわてんぼうのサンタクロースではないが、夏真っ盛りにして悠々と空を飛ぶトンボを写真におさめ、「あわてんぼうのトンボさん。暑さなんてモノともしないね。私もこれになりたい」といった文を添え、投稿したのだ。

 私はトンボの体で首のない女の肩にとまる。
腰が抜けつつも席を離れる連れの女たちを見送っていると、私はふと、机の上の手付かずのフレンチトーストにスマホが乗っていることに気がついた。

 乗っているというより、ここに落ちたのだろう。死んで手放したのだ。
失礼ながらその画面を覗き込むと、彼女がなぜ死んだのか、その理由が分かるものが映っていた。

「フレンチトーストいただきます! 友達と来たんだけど、店内オシャレすぎてウチら浮いてない? マジしぬ笑」

 自業自得としか言いようがない。
私が言えた口ではないが、トンボになっただけまだマシというものだろう。死ぬよりかは。

 救急車のサイレンが近づいてくる。
そうかと思ったのだが、車が思いきり潰れるような音が聞こえてきた。店にいた人たちも、まさか事故でも起こしたのかと外に出ていく。

「うわあ!」という叫び声が聞こえて、それを皮切りにざわめきが起こる。
 そのざわめきの正体は、まさしくざわめく緑の物体にあった。
私も最初は外へ飛んで見にいこうと思ったが、赤く染まった窓の隙間からもそれが見えた。ネタバレをされた気分だ。

 ビルとコンクリートのこの街に、屋久島に負けずとも劣らない大自然が広がっていた。
草ひとつ取っても人間の背ほどある。そうなれば木々も大きい。直径だけでも数メートル、高速ビルを覆い隠すほどの背丈の木が、視界いっぱいにそびえている。

 緑の匂いを感じつつも、肝心の救急車が見当たらないことに気づいて上を向く。
 ひときわ大きな木の上に、救急車が突き刺さっている。
 小さな体でやっとこさ上へ行き、窓が少し開いていたのでそこから中へ入った。

「本当に何が起きたんだ……」
「……白状します。申し訳ありません!」

 車内を覗いたタイミングで、隊員が運転席にいる隊員に謝罪するのが見えた。謝罪されたほうは困惑している。

「え、なんで謝ってんだ?」
「実はオレ、スマホいじってて……いやでもホント、大したこと書いてないんです! 『草超えて森』って書き込んだだけなんです!」
「お前のしわざかよ! どうすんだよこれ!」
「えっとえっと……そうだ! あれですよね? 緑化活動の一環ってことにするとか……」
「お前……」

 上司らしき男が呆れている。
「いいなそれ。そういうことにしよう」
……訂正しよう。呆れているのは私である。

#創作大賞2023
#ミステリー小説部門

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