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■必死に生きる【第四話】

■喘息持ちの方、もしくは喘息を患っているお子さんのご両親の方へお伝えしたいメッセージ

 小学校3年生の夏、それは喘息以来の新たな試練となった。お医者様から「右足を切断することになるかもしれない。手術後に、病室に戻ったとき、自分の足がなくなっていて、非常にショックを受けてしまい、精神的におかしくなるかもしれないので、ガン告知をしましょう。」とお医者様と両親が話し合いをしていたようだ。結局、私はわずか10歳で、ガン告知と、足の切断の可能性があることを説明をされたのです。後から聞いたのだが、私の母親は、思わず泣き崩れたそうだ。手術を行うとき、喘息の持病を持っている人の場合、肺活量の確認と、そのトレーニングがある。私は喘息持ちのため、そとトレーニングを受けた。もう吐く息がないのに、「もっと、もっと息をはいて。」といわれる。「これをクリアしないと手術が受けられないよ。がんばって。」とプレッシャーをかけられながら、なんとか、試験はクリアした。私は、手術を受けることになったが、こんなところまでも、喘息との戦いがあった。そして、手術当日、午前から始まった手術は、その日の夜中まで続いた。私は手術後、病室に戻った瞬間に目を覚ましたが、また、すぐに深い眠りについたようだ。手術室から出てきた直後の私は、髪の毛が汗でべっとりしていることにも気付いた。手術はかなり多くの体力を消耗していた。深い深い眠りについて、目が覚めたのは、次の日の昼頃だったと記憶している。そこで、私は両親から、「お医者様が足を残してくれたよ。」と涙ながらに伝えてくれたことを思い出す。私は、とても運がいい。当時は数百万人に一人の確率で発症し、そのうちほぼ全員が、足を切断している。また、最悪の場合には、命を終えることも可能性があった。その中でも私は命だけではなく、右足も残った。気づけばもう冬が近づいてきていた。私は、退院後しばらくの間、自宅で学校復帰に向けての療養をすることになった。 第5話に続く


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