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ヤエさんと黒い子猫

繁華街の雑踏
震える子猫を見つけた

ヤエさんは、この繁華街の一角に
住居を構える訪問介護師
仕事を終えて帰宅するのは
いつも深夜の時間帯だった
なぜか不思議なことに、
いつも通る道から外れた脇道を
通ってみようと思った
ビルの谷間には、人気がなく
消えかかった街灯が
チカチカ点滅していた
ヤエさんは何かの気配に気がついた
街灯の鉄柱の裏に
それが潜んでいた

真っ黒い子猫だった
全身が雨に濡れた子猫は
ガクガクと音を立てるかのように
震えていた

ヤエさんは子猫を
両手で優しくつまみ上げた
固く硬直した身体はとても冷たく
すでに息絶えたようにも思えた
子猫を抱きかかえ、
その場を立ち去ろうとしたその瞬間
ピカッ!ドガン!
大きな衝撃がヤエさんの身体に走った

気か付くとヤエさんの手から
先ほどの子猫は姿を消していた
それから、どのくらいの時間が
経ったのだろう
ヤエさんは、そのまま家に帰宅した
その日は何事もなかったかのように
過ごした
ある日、ヤエさんはいつものように職場に
出掛けた。
その日も介護の仕事でぎっしりと
スケジュールを組まれていた。
ヤエさんはひとりのおばあさんの自宅に
訪問介護にまわった。
「イタタタタ。」
「イタタタタ。」
おばあさんは膝を悪くし、
寝たきりに
もうずいぶんと歩いていなかった
不意に立ち上がろうとして、
膝の痛みに悲鳴を上げた

ヤエさんはおばあさんを
抱き抱えるようにして
ベッドに運んだ
「おばあさん、何処痛いの?」
「ここ?」
そう言うと、
ヤエさんは、おばあさんの痛めた膝を
さすった
おばあさんは、気持ち良さそうに眠りについた
訪問介護を終えたヤエさんは
家に帰宅しようと繁華街を歩いていた
ふと、昔のことを思い出した
「あの子猫はどうしたのかしら」
帰宅したヤエさんの携帯に
一件の電話が入っていることに気がついた
「あの、おばあさんだわ」
「どうしたのかしら」
ヤエさんは慌てて、
おばあさんに電話をかけた
「プルプル🎵プルプル🎵」
「あー、あんたね」
「わたしね、歩けるようになったんよ」
「さっき起きたら、急にね」
「歩けるようになったんよ」
ヤエさんは言葉を失った
半信半疑のヤエさんは、
繰り返し、おばあさんに聞いた
それでも
「歩けるようになったんよ」
「あんたね、私の膝をさすってくれたよね」
ヤエさんがさすった、
おばあさんの痛めた膝は完治したのだ

ヤエさんは思い出していた

あの、震えた子猫のことを

つづく

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