「読者の想像力に任せたい」

「読者を信頼して、結論は想像力に任せたい」と言う人がいる。

そのこと自体は、ひとつのスタイルでしかないし、良いとも悪いとも言えない。

ただ、そういうことを言う人の多くが、「自分の力量不足を、他人任せにすることによって回避しているだけ」のように見えるのだ。

ステーキハウスに行ったのに、肉だけ目の前に置かれて、「お客様の好みで、自由に焼いてください」と言われるような「読者の想像力にお任せの人」もいる。

客というのは、完成された料理を味わうために店に来るのだ。

あるいは、自分で焼くとしても、それを焼くことそのものが楽しめるような「お膳立て」がされていなければならない。

その「お膳立て」をうまくやっておくというのは、料理人が自分で焼くより、もっと難しいはずだ。

映画でいえば『ゆれる』とか『さよなら渓谷』というような作品のラストを観客が想像してしまうのは、そこに至るまでのディテールが、とことん追求され、目の前に提示されているからだ。

プロセスが丁寧に描かれているからこそ、最後の最後に「任せる」ことができている。

自分がサボるために「読者に任せる」なんて言葉を使うのは、読者にも、そのために懸命に「お膳立て」をやっている人にも、失礼だよ。

そもそも、「読者の想像に任せる」のがベストなら、最初から「全部読者の想像にお任せします、何も書きませんから」で良いんじゃないの?




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fujipon

コメント1件

歌詞でも 同じです。 読者の想像……が 作者の自己弁護の場合が多いです。
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