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漫才論| ¹²²M-1グランプリにおける"タイムオーバー問題"を「かっこいい」という視点で考えてみる

M-1決勝でのタイムオーバーは過去にもありましたが,今回のハライチの場合は,敗者復活戦でタイムオーバーしたのに勝ち上がったこと,それに対して司会の陣内智則さんが「あまり関係ない」と発言したこと,決勝でもタイムオーバーしたこと,どちらも結構な長さのタイムオーバーだったこと,「敗者復活のネタは一昨日に作った」という岩井さんの発言などが重なり,かなり話題になっています

この件について,「漫才調査」でアンケートをとっています。投票は結構割れていますが,「タイムオーバーは容認すべきではない」という意見が大半です(陣内さんも謝罪していましたし,「あまり関係ない」という意見は少ししかないかなと思っていたのですが,意外とあります)

タイムオーバーってかっこいい?

普通の競技であれば,「タイムオーバーするのがかっこいい」と思われるパターンはほぼないと思いますが,「笑い」の場合は,「破天荒なのがかっこいい」という流れから,「タイムオーバーするのがかっこいい」と思う人もいます。また,時間制限を厳しくしすぎると,時間を気にしすぎる漫才師が増え,「その結果ネタがおもしくなくなっていったら本末転倒」という考え方もあると思います

さすがに「タイムオーバーを容認してもいい」と言う人はほとんどいないとは思いますが,「笑い」という特殊な競技であるがゆえに,これもまでも「タイムオーバー問題」は見て見ぬふりをされてきました

時間を守るのはかっこいい

明確に減点のルールを作ったり,審査員が各自の判断で減点してもいいと思いますが,その大前提として,「ネタの時間を守るのはかっこいい」という雰囲気を作り上げたほうがいいと思います

減点されるのが嫌で時間を気にしすぎる漫才師が増えると,「機械的な漫才」をする漫才師がおそらく増えます。「機械的な漫才」で時間を守るのは難しいことではありません。ちゃんと練習すれば大抵できますから,特別「かっこいい」ことではありません

しかしもし,決して機械的ではなく,競技漫才なのにほどよくアドリブを入れてめちゃくちゃ楽しそうにやっているのに最後はビシッと4分で終わらせるとすればどうでしょうか?これはめちゃくちゃかっこいいです!

かっこいい「芸」

そもそも,「台本があるのにまるで台本がないかのようにしゃべっているようにみせる」のが漫才の"技術"ですから,「機械的で"技術"が見え見え」だとすれば,それは「"技術"が足りていない」ということです。この"技術"の一つの柱となるのが「ほどよくアドリブを入れること」であり,これは,漫才の醍醐味でもあります。M-1という「競技漫才」において見落とされがちなのが,この「アドリブを入れて楽しく演じる」という漫才の本来の醍醐味の部分です

来年のM-1では,本来の漫才の「楽しさ」を存分に表現しつつ,最後はビシッと4分で終わらせる,そんなかっこいい「芸」をみせてくれる漫才師が増えてほしいです

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作: 藤澤俊輔  出演: おせつときょうた

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あらゆるオチを誰よりも先に小噺化するプロジェクト『令和醒睡笑』過去の創作小噺を何回も何回も回すと"古典小噺"になる・・・はず・・・【小噺はフリー台本】