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タレントが自由に独立する時代になっても、芸能界は痛くもかゆくもないという話

吉本興業のことはともかく、ちょっと気になった記事。

吉本問題は、事務所を通さない営業は許されるのか、犯罪に関わる人たちと関わっちゃいけないよ、でもそれって今事前にわかるのかな、契約書もないのに事務所所属って言えるのか、などなど、いくつかの側面を持っているのですが、ごっちゃにするか、ある面からしか描かれていない気もしています。

そのうちの、芸能事務所と契約の問題から、大物吉本芸人が独立したらどうなるか、という話を書いているのが、冒頭の徳力さんの記事ですね。

そのことについても言いたいことはあるのですが、それよりも気になったのは、徳力さんが引用していたダイヤモンドの記事で、これについて、よく知らないなら書くな、と言いたくなったわけです。

私は、あらゆる言説は「ポジショントーク」だと考えながら読むようにしていますが、これは経済学者というポジションからの想像で、ご本人も頭の体操と書いているように、ものすごく単純な経済原理の話です。

芸能は経済原理では語りきれないから面白いので、その点でも、すでに無理があるのですが、それ以前に、全く芸能事務所を取り巻く経済状況がわかっていない記事でした。

芸能事務所が100人のタレントを養成し、宣伝し、売り出すとしよう。各自に1000万円のコストがかかっているとすれば、合計10億円のコストである。100人のうち、1人が大人気スターとなって稼ぎ、残り99人は売れずに芸能界を去るとしよう。
 売れた1人が1億円稼いだ時点で「自分は売れているから、独立しても大丈夫だ」と判断して独立したとする。事務所は育成コスト10億円のうち1億円しか回収できないので、倒産してしまう。

まず、前提として、芸能事務所と言っても規模によって随分やり方が異なるという点を挙げておかないといけないと思います。

その上で、この仮定はかなりおかしなことがわかります。

普通は、1人から始めます。その人が売れないうちに2人目を手がけるならば、それはある程度の資本があるからで、徐々に増やしていくものでしょう。仮想にしても、所属タレントが100人になる頃に、1人しか売れていない事務所は、それは、それだけでダメな事務所です。独立したほうがいいです(笑)

このダイヤモンドの記事に関する話でいうと、最近で言えば、能年玲奈さんの独立と名前が使えなくなった問題が念頭に置かれているのかもしれません。

この手の話は、ジャニーズ事務所でよく喧伝されることで、郷ひろみさんも田原俊彦さんも独立して干されたとかいう話になりました。

最近では、新しい地図の3人に関する話は、公正取引委員会の勧告という騒動にもなっています。

ジャニー喜多川さんが亡くなってすぐということもあり、ジャニーズ事務所の情報コントロール力が落ちたのかとも言われました。

NHKが第一報だったこともあり、民放各局への牽制球かもしれません。

新しい地図の3人の問題は、ジャニーズ事務所が圧力をかけたというよりも、ジャニーズ事務所に嫌われることを嫌がったテレビをはじめとする制作側の忖度でしょう。企画に挙げなければいいわけですから。

独立問題で揉める場合は、大概、その芸能人への比重が高い、あまり大きくない事務所です。そして、そういう事務所は独立されると傾く可能性も大きいから、他の売れっ子を使って邪魔するという姑息な手段に出るわけですが、それも長い目で見れば芸能界にとって大した問題ではありません。次々と新しいスターが生まれ、目にしない人は忘れられていくからです。

そういえば、昔の話ですが、ホリプロダクションが、当時、山口百恵さん一人で売上の3分の1を占めていたので、引退されると倒産しかねないというピンチになることを理解した上で、引退を認めたという男気ある対応があったこともあります。

何にしても、テレビなどのマスメディアが芸能事務所に協力しなければ、圧力など有効に機能しないはずです。だから、この圧力の話に、公正取引委員会が出てくるのは、テレビ局や製作会社とプロダクションの癒着の話として、公正な取引が行われていない可能性を見るからでしょう。そうした土壌があるから、反社会勢力のつけ込む余地があった時代もあるし、芸能界のドンなどと呼ばれる人物の活躍の場もあったわけでしょう。

なんの話でしたっけ。

そうそう、芸能事務所が独立を認めると投資のリターンが回収できなくなり、育成がなくなるのではないかということでしたね。冒頭に挙げたダイヤモンドの記事の問題は、実は芸能事務所を支える経済基盤ということの理解が全くない上に、類推の方向性もスジが悪く、政治家の話のようです。

結論から言えば、芸能事務所は、所属タレントの稼ぎとは別にスクール(養成所でもレッスンスタジオでもいいですが)という収入源を作り、そこで選別してからデビューさせる方向に変わってきています。独立されても傾かない仕組みを作っている会社が伸びる様になっているわけです。

昔は、芸能事務所の社長のうちに下宿して、売れるまで一緒に寝食を共にするなんてこともあったわけですが、ジャニーズ事務所も合宿所を閉めた様に、こういう関係もなくなっています。

今の芸能界は、昔のように一発逆転的なギャンブルのような仕組みではなく、経営に長けた人が長期的に利益が出るようにたくさんのツールを組み合わせてマーケティングするようになっています。さらに言うと、芸能人の発掘もスカウトシステムからスクールでの育成に中心が変わっています。確かに、今でも原宿でスカウトされるかもしれませんが、そのままスターに向けて会社が金をかける人と、とりあえず事務所が経営するスクールで勉強させる(有料で)人に分かれます。投資する金は回収できる仕組みがあるわけです。

芸能事務所の事業モデルも変わっている中で、芸能人になろうとする人も「スター誕生」や「君こそスターだ」のような素人参加番組が消えた一方で、芸能事務所やモデルプロダクションが主催するコンテストが増え、東京だけではなく全国にダンサーやタレント輩出用のスクールが運営され、地方限定アイドルが独自の活動を繰り広げるなど、ステップの在り方が変わってきています。

芸能事務所に所属しなくてもSNSや動画サイトでの発信でも収入が得られたり、ユーチューバーのようなネット芸人も出てきている(この辺りは、徳力さんの記事の中でも触れてましたが)ように、芸能人の事業モデルそのものも大きく変わっているわけです。

ジャニーズ事務所が独立を嫌がって圧力をかけたんだとしても(ジャニーズは否定していますが)、テレビ以外のメディアやネット番組やSNSを活用して、新しい地図が活躍していたのは、まさに、そういう時代を象徴しています。

芸能界は、師匠について修業をして、長年の下済みが開花する世界でなくなって久しく、特に漫才はその傾向が顕著です。実は、そのシステムを発明し、牽引してきたのが、吉本興業であり、その発端がNSCだと言えます。

だからこそ、6000人の所属芸人がいると豪語できるわけですが、その吉本が間違ったのは、その人数が「ファミリー」のサイズでなくなったことを自覚していなかったからでしょう。

吉本については、別に書こうと思いますが、とにかく、芸能事務所からスターが独立しても、芸能界が先細ることはない、ということだけははっきりしています。古い話で言えば、映画界でスターの独立プロダクション(勝新太郎とか石原裕次郎とか)が相次いだ時代に、映画会社が行ったのはオーディションであり、若手の登用でした。

芸能事務所がそのことを知らないわけはなく、とっくにそういう時代に突入しているわけです。

知らないなら書かないほうがいいという発言はそういうことなのです。



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