毒親から逃げて家出した大学生の話

 どんな親の元に生まれるかは、人生最大のギャンブルだと思う。

 人生がソシャゲだとするなら、親とはゲーム開始後一番最初のガチャである。強いカードを引くことができれば、面白いくらいにうまくいく。ゴミみたいなカードを引けば、高確率でゴミみたいな人生を送ることになる。

「手持ちのカードで戦うしかない」「置かれた場所で咲きなさい」なんていうのは、強い手札を引けた側の妄言だ。

 なんて恨みつらみを申し上げるのも、私が親ガチャで失敗した側の人間だからである。

 うちの父はDVクズ野郎だった。びっくりするくらい短気で、小さなことで怒鳴ったり物に当たったり、時には暴力に及んだ。小さい頃から、母親が目の前で殴られたり、怒鳴られたりしているのを何度も見た。ただ、生活費を納入してはいたし、世間体だけはよかった。ロイヤルストレートクズではないのがかえってタチの悪いところである。

 そんな父に耐えかねて、母は中学生の時に家を出た。私の家は父子家庭となり、最初は父が多くを担っていた家事も、高校生の頃には多くが私の役目になった。テスト前や受験期にも「勉強を家事から逃げる言い訳にするな」と言われ、放免されることはなかった。台所で夕飯を作りながら勉強していた。それでも父は親戚たちに「うちの娘は全然家事をやらない」と吹聴していた。

 私は父が嫌いだったので、反抗期も重なって何度も衝突した。怒鳴られることも、馬乗りで殴られることもあったが、一番多かったのは経済的な脅迫だった。「誰の金で生活してると思ってんだ」「お前の学費なんていつでも止められる」という具合である。

 生活を支えてくれたことに関する感謝がないわけではない。それでも嫌なものは嫌だった。

 ずっと家を出たかったので、大学生になったら一人暮らしをしたかった。しかしながら、「一人暮らしをさせてやる金はない」「一人暮らしがしたいなら学費も生活費もすべて自分で賄え」との父の提言で、私は実家から通える大学に進学した。小説家になりたかったし、そのために大学に行きたかった。学費を稼ぐ経済力もなかった。こうするしかなかった。

 大学生になった私は、授業やサークル、アルバイトなどを理由に、家に寄り付かなくなった。家にいないため家事がおざなりになり、そのことを理由に父がキレた。2018年10月末のことである。

「さすがの俺も我慢の限界だ」

 これほど短気な人もなかなかいないのに、自己肯定感の高さには感動すら覚える。

「そんなに俺をナメているなら出ていけ。自分の力で生きてみろ」

 「出ていきたい」と常々思っていた私には願ってもいない言葉だった。このチャンスを無駄にはできないと、私はその場で荷物をまとめようとした。そこで父が再びいきり立った。父のことを馬鹿にしていると私が認めた、と解釈したらしい。

 父は私をベッドになぎ倒し、首を押さえつけた。首を絞められそうになって、息ができないというほどではないにせよ、数分は吐き気が続いた。

 出ていくなら今しかないと思った私は、そのまま荷物をまとめて家を出た。父からは勘当を言い渡されたが、それでも構わない、と思った。

 身一つで友達の家に転がり込み、学生寮の契約に画策した。身分証も通帳も持っていなかったけれど、無理やり作成した新規の口座と学生証でなんとかなった。家を出たのは10月末だったが、幸運なことに、11月の頭から入寮できた。

 6畳の決して広くはない部屋だが、誰にも侵害されない空間は、私にとってお城も同然だった。

 生活費は塾講師のアルバイト代でなんとかなりそうだった。だが、何より私の頭を悩ませたのは、授業料の問題だった。

 今年度の分の学費はすでに父が納入していた。しかし、次年度からは自分で賄わなければならない。授業料免除の申請においては、学部生は基本的に独立生計者として認められず、親の年収が加味される。貸与型の奨学金についても、親の所得証明書や署名を提出する必要がある。

 父との接触を断っている私にとっては一大事だった。国立大学とはいえ、1年におよそ54万円の学費が掛かる。アルバイトを増やすしかないのだろうか、と頭を抱えた。

 学生相談室、学生生活課などに通い詰めた。独立生計者として認められるためには、少なくとも「父の暴力を証明するための書類」が必要だと言われた(それでも認められる保証はないとのことだった)。市役所の女性相談室、無料法律相談、婦人相談所、児童相談所、警察。手当たり次第に色んな機関にあたったが、そのような証明書はないという事実が裏付けられるだけだった。

 私は19歳である。児童虐待は18歳未満が対象であるから、私のケースではDVにあたると役所から説明された。婦人相談所はDVの証明書類を発行してくれるらしいと聞き、電話をかけてみたものの、「DVは配偶者間の暴力が対象だから親子間のものは対応できない」と言われただけだった。ダメもとで児童相談所にもあたったが、「19歳以上はちょっと……」と一蹴された。

 成人ではないが児童でもない19歳は、法的にものすごく宙ぶらりんでどっちつかずだった。

 未成年として何かと親の承諾や署名が要求されるし、携帯電話の契約だってできない。それなのに、児童として保護もされない。

 形だけでも父に頼ってはどうか、頭を下げてはどうかとたくさんの人から言われた。しかし、経済面から家に縛られるしかなかった私にとっては、父に学費を出してもらうことは、父からの呪縛が継続することに他ならない。わがままかもしれないが、それだけは死んでも嫌だった。

 辛酸だろうが泥水だろうが煮え湯だろうが、なんだって啜って生きていくつもりだ。

 とまあ、必死に1人で生きている大学生の話でした。長い自分語りでしたが見てくれてありがとうございます。下記URLにさらに細かい話が載っているので、興味があれば覗いてくれると幸いです。

 大学のシステムって親が学費を出してくれることを前提に動いているんだなあ、と痛感させられる数ヶ月でした。

 結論。

 親ガチャリセマラしたい!!!

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

ありがとうございます。
279

ゆきこ

毒親から逃げてきた大学生。授業料画策中。エッセイ書いてます。https://kakuyomu.jp/works/1177354054887558822

お気に入り

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。