きれいな女の子になりたかった

 物心ついた時から、自分の顔が嫌いでした。
 かわいい、と思ったことはありませんでした。三、四歳の自分の写真を見ても、たいていの人は愛らしく造形される年頃のはずなのに、どうしてこんなにかわいくないのか不思議に思うくらいでした。
 にもかかわらず、なのか。だからこそ、なのか。かわいく着飾ること、身ぎれいにすることに、私は少なからず憧れみたいなものを持っていました。

 小学校四年生か五年生くらいの時でした。本を読むのが好きだった一方で、私は少女漫画もよく読んでいました。月に一度出される雑誌を買うと、お小遣いはほとんど残りませんでした。お小遣いで買った月刊誌を、私は隅から隅まで大事に読んでいました。
 当時買っていた雑誌では、小中学生の女の子向けの、ちょっと背伸びをしたおしゃれの方法などが頻繁に特集されていました。そういった記事や、漫画の華やかでかわいらしいキャラクターたちに触発される形で、私も徐々におしゃれをしたいと思うようになりました。お小遣いやお年玉で、自分好みのヘアゴムやシュシュなどを買いに行くのが好きでした。とはいえ、使えるお金はさほど多くありませんでしたから、アクセサリーなどを買いに行くといっても、小学生向けの廉価なものばかりでした。
 ある時から、両親がそんな私に苦言を呈するようになりました。
 雑誌の付録のマニキュアもどき(乾くとボンドみたいに剥がせる仕様のものです)を塗ろうとした私を見て、母は血相を変えてそれを取り上げました。
「爪も皮膚と一緒で呼吸をしているんだよ。ぼろぼろになるよ。子供のうちからこんなもの使うもんじゃない」
 それから母は、若いうちから化粧をする危険性などを、子供の私にもわかる言葉で懇々と説きました。母の顔は、叱る時のものとほとんど一緒。口調も言い聞かせるようでした。自分はいけないことをしたんだろうか、という意識が、なんとなく芽生えました。
 父はもっと露骨でした。
「見た目を繕うことばかり考えてる」「色気づきやがって」
 そう言ってからかうばかりか、「お前がやっているのは、汚物の上にきれいな布をかけて誤魔化すのと同じだ」「見た目をいくら気遣ったって中身が伴わなかったら何の意味もない」と言われたこともありました。はっきり覚えています。
 
 次第に私はおしゃれよりも夢中になれる物を見つけ、それにのめり込むようになりました。小説を書くことです。小学校高学年から、漫画の趣味も、少女漫画から少年漫画にシフトしていきました。
 その頃の私は、着飾ることを罪悪のように感じていました。可愛らしい服装をする資格は自分にはないんだと思っていました。中性、みたいなものに憧れがあったのもあり、男の子が着るような服を好んで着ていました。
「この子は本当におしゃれに興味がなくて」
 「干物女」という当時の流行り言葉を持ち出しながら、母がそんな風に大人に話しているのを、どこかで聞いた記憶があります。母が「もう少し服装に気を遣いなさい」「女の子なんだから」と言うごとに、私は強い拒否感を示し、母に反発しました。
 不思議なもので、その頃には、おしゃれに目覚めた当時に言われたことはすっかり忘れていました。自分の無意識にある、「着飾ることは悪だ」という強迫観念にも、気が付いていませんでした。

 転換点が訪れたのは、中学二年生の時です。母はもう家を出た後でした。
制服を着るようになってから、服装への無頓着がますます加速した私でしたが、この頃から友達と地元のイオンなどに遊びに行くことが増えました。当時仲良くしていた友達は衣装もちで、自分のひいきのお店なども持っている子でした。
 美意識の高い子でした。中学生ながらに、マニキュアやお化粧も多少覚えているような、大人びたところがありました。
 彼女の影響と、「自分は周りの子に恥をかかせているのではないか」という気持ちにより、少しずつ服装に気を遣い始めました。自分のお小遣いで初めて服や靴を買いました。
 お小遣いはまるで貯まりませんでしたが、自分のお金を好きなように使えるのは、とても気分がいいものでした。「大人と一緒じゃなくても、子供だけで買い物をしてもいいんだ」と、自分の世界が少し広がったような感じがしました。
 マニキュアもごくたまに塗ることがありました。はみ出さずに塗るのは難しかったから、薄付きのほんのりとしたピンク色を使っていました。自分の爪がつやつやときれいなのは、見ているだけで心が躍りました。
「色気づきやがって」という父の言葉を再び聞いたのも、この頃です。

 大学生になってからは、校則という呪縛がなくなったこともあり、ますます開放的になりました。ピアスを空けたり、インナーカラーを入れてみたり。自分の好きなように着飾ることは楽しいものでした。
 お化粧も覚えました。もともと収集癖があったので、廉価なお化粧品を集めることが好きでした。自分の顔は好きではなかったけれど、お化粧をしてしゃっきりとした自分の顔は、少しずつ好きになれそうでした。
 父は、私が家を出て行くその瞬間まで「外面だけ繕うのに必死なのがムカつく」「大学デビューのつもりか」と揶揄していました。意に介してはいなかったけれど、今でも根強く覚えているのを見ると、ショックだったのかもしれないとも思います。
 醜いよりはきれいな方がいい。私はただきれいな女の子になりたかった。それだけでした。

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ありがとうございます。
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ゆきこ

毒親から逃げてきた大学生。授業料画策中。エッセイ書いてます。https://kakuyomu.jp/works/1177354054887558822

家族に関する些末な話

取るに足らないけれど心には残っているもの。こちらhttps://kakuyomu.jp/works/1177354054887558822 「十九歳で家から逃げました」で番外編として紹介しているものです。
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