父と自転車②

 小学校高学年くらいのことだったと思います。学校で交通安全教室と称した自転車のマナー講座がありました。警察官の人が直々に、安全なサドルの高さや、ヘルメットの重要性、走るべき場所などを説くものです。

 その教室の数週間後、母の使っていた大人用のママチャリが、お下がりで私のものになりました。点検やセッティングなどは父が張り切って行っていました。サドルの高さを合わせる時、父は私の両足がギリギリ届かないくらいの高さまでサドルを上げました。

「これじゃ止まる時足がつかないよ」

 私が不安からそう言うと、父は「スポーツ用の自転車では止まる時足は付けないんだよ」と得意げに話しました。この高さも、本格的な自転車の乗り方にあやかれば当然だ、とのことでした。たかが素人がプロ気取りもいいところでした。

「でも、交通安全教室では、両足の爪先がちゃんと着くくらいの高さがちょうど良いんだって言ってたよ」

 私がそう返したことで、父の目の色が変わりました。

「俺が言ってることがわかんねえのかよ」

「だって……」

「俺の言葉よりも、交通安全なんとかの言葉を信じるのか!」

 父はそう激昂し、「お前のためを思ってやってやったのに、善意を台無しにされた」と一方的にまくしたてました。突然激怒した父を前に、私はただ呆然とするしかありませんでした。

 結局私はサドルの高い自転車に乗ることになりました。慣れてしまえば運転自体はなんてことありませんでした。しかしながら、一番困ったのは、人に自転車を借りた時に、サドルが低く感じてうまく乗れないことでした。バランスをとるのが難しく、まっすぐ走ることさえ危ういくらいです。

 人の自転車が上手く乗れないのは今でも同じ。

 父にかけられた呪いのようだと思います。

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毒親から逃げてきた大学生。授業料画策中。エッセイ書いてます。https://kakuyomu.jp/works/1177354054887558822
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