救急外来を受診される患者様へ

 私は6年目の医師です。基本は内科医ですが、今年度は1年間救急外来に従事することになっています。4月に新しい病院に赴任し、6月まで3ヶ月間救急外来のみで働き、今思っていることを率直に書きます。これは医療者に向けてではなく、医療機関を受診される患者様に対する私の思いです。

 私が伝えたいことを一文で短く表現すると、

「医者は魔法使いではない」

ということです。「そんなことは分かっている」と思われるかもしれませんが、私からすると、「医者は魔法使いだ」と思っているのではないかという患者様やそのご家族がとても多いのです。

 先ほどの一文を比喩なしできちんと表現すると、

「あなたが救急外来を受診し、期待通りの結果が得られる可能性はそれほど高くない」

となります。もっと具体的に表現すると、

「あなたが何らかの苦痛を抱えて救急外来を受診し、その苦痛をパッと取り除けるような手段がある可能性は極めて低い」

となります。

 例えば、その日のある時間(あなたが時計を見ていたとすると、秒針まで覚えているようなある一瞬)から急激な胸痛が生じたとします。その痛みは生命に関わるほど重篤な疾患の可能性が極めて高く、そのような疾患の場合、入院以外の治療は困難です。痛み止めの薬により、一時的に痛みが和らぐ可能性は高いですが、根本的な解決になりません。それどころか、それで痛みが取り除けたからと放っておくと死に至る可能性が高くなります。ここまでの極端な場合であれば、入院治療を断る方は少ないのですが、中には断る方もいます。

 突然発症(英語でsudden onset)の疼痛は、頭痛・胸痛・腹痛全てで重篤な疾患の可能性が高いです。救急外来で行える治療によって苦痛が完全に0になり、その後何事もなく帰宅できるということはまずあり得ません。しかし、そのように期待して受診している方が非常に多いのです。正確に言うと、そのような重篤な疾患であると説明された時に、「そんなはずはない」というような反応をされる方があまりに多いのです。患者様が期待することと、我々ができうる最良の対処法の解離があまりに大きすぎるのです。

 別の例を挙げると、何ヶ月ないしは何年も続く症状を訴え、救急外来を受診される患者様がいます。そのような場合、重篤な疾患の可能性は極めて低いです。そのため、救急外来でできることは極めて少ないのです。そのような方には以下のように伝えたいのです。

「あなたが何年も抱えたその症状が、今日すぐに治るような魔法はない」

 慢性的な症状を救急外来ですぐに治せるような方法を私はほとんど知りません。(全くないことはありません。私が不勉強である可能性もあります。)これは救急外来に限らず、一般のクリニックでも同じことが言えます。

 病気の診断をつけるのに最も重要なことの1つは、経過をみることです。あなたがあるクリニックにかかり、そこで対処された方法で症状が良くならなかった場合、もう一度同じクリニックにかかり、きちんと症状の経過を伝えるべきなのです。その経過が診断への重要な手がかりになるのです。聡明な医師であれば、自身で診断をつけることができないと判断した場合は、必ず大病院などへ紹介状を作ってくださるはずです。

 話を重篤な疾患の方に戻します。誰しもが想像できるように、痛みは強ければ強いほど、重篤な疾患の可能性が高くなります。あなたが激痛で救急車を呼ぶ時、その原因は重篤な疾患の可能性が高いのです。先述したようにそのような痛みをその場で綺麗さっぱり取り除くことはできません。

 救急車を呼ぶ際は、自身が重篤な疾患にかかっているということを覚悟してください。入院する可能性が極めて高いと思ってください。手術となる可能性もあります。

 救急外来を受診した際に、入院を勧められて、「どうしても帰る」と言うのはやめてください。

 我々医師はプロとしてその場でできる最良の判断をしています。救急の現場では、重篤な疾患であるかどうかを最も重要視しています。救急外来の医師から「入院が必要です」と言われた場合、その判断が適切である可能性は極めて高いのです。その判断に従わない場合、死に至ることもあり得るのです。

 もちろん、あなたが「どうしても帰る」と言った場合、我々に止める権利はありません。ただ、最低でも医師国家試験を合格できる程度の知識を持った目の前の医師とあなたで、どちらがその場で適切な判断をできるかよく考えてください。

 コンビニ受診が社会的に問題となっていますが、我々も実際に診察するまでは患者様に何が起こっているのか想像することもできません。従って、私はあなたが必要だと考える場合は、いつでも受診すればいいと考えます。しかし、受診する際はどうか上に書いた内容を心に留めておいてください。

 最後にもう一度、

「医者は魔法使いではない」

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