本当は暗い音楽が好きでは?本当は10(最終回)

お待たせしました!いや、誰も待っていないと予想する私は恐らく正しいことと考えます。始めたばかりのこのnoteですが、まずは使い方ってか、要領を覚えないとねってことで、クリエイターの端くれとして参加してみたんですが、FBあたりには書けないような自己主張が出来ていいですね。今後も順次ネタを提供します。

さて続けて参りました「本当は暗い音楽が好きでは?本当は」シリーズ、今回の第10回が最終回でしてまとめに入りますよ。初回から振り返ります。ぜんたーいトマレっザッザッ

1:「平和だもんだから昼ドラのドロッドロとか悲恋映画が当るんじゃ?」

2:「実際重い音楽が好きだった幼い記憶も、その他大勢量産環境では皆と同じ行動、考え、正義感や個人資質を植え付けられちまうんじゃ?」

3:「世の97%は皆と同じ=最大多数=その他大勢にならざるを得ない」

4:「3%は特別な人であり、好きなことを正業としている。少なくともプロになりたいとか金を稼ぎたい、あるんでしょうけど最初には来ないはず」

5:「異端者はその他大勢がひしめく一般社会では生きにくい。そして大半の人が良いと言うモノになればなるほど、平べったく面白くもおかしくもない、毒にも薬にもならないものになって世に出る」

6:「「流行した=流行おくれになる」公式があり最後は誰も得しないが、流行などにそっぽ向いてる音楽で今でも売れ続けている音はある。」

7:「ピンクフロイドは自己矛盾と戦いながら誰の心にも棲む恐ろしい部分をあぶり出す音楽で初めて大評価を得た。」

8:「普段見ないようにしている自分の本音、中身を凝視したときに本当のあなたがあぶりだされる。その他大勢にはなかなかできないことだ」

9:「カタルシス=日常生活の中で抑圧されていた感情が解放され、快感がもたらされること。」

と、このように続けて参りました。何となく見えてきませんか?結論と言うか、私なりの勝手な解釈ですけどね、いいですか?行きますよ?

少数派:マイノリティかもしれない一部の人間にとって、皆が良いと思うようなものに迎合できず、むしろ背を向ける。当たり前と思える「勉強~進学~就職~立身出世」など、ハナっから頭にない、いや、逆に胡散臭く感じているかもしれない。彼ら彼女らは流行と無関係の服に身を包み、自分のやりたいことにおいては無類の集中力と鍛錬に努・・・違う、遊んでるのと同じだ。そこに努力はない。努力とは他人が決めるものさしに過ぎず、当の本人は好きだからやってるだけだ。己の本心に素直に愚直に向き合った結果、誰でもない「その人間」そのものが確立される。その一部は名をなす仕事で脚光を浴びる場合もある。何より本人が充実し、正面から幸せである。

この状況はその他大勢の97%には味わえません。(例外はいるでしょうけどね、なんぼ並べあげても例外は例外です)そして必ずその成果は出ます。当人が望んでいた結果かどうかは此の際どうでもいい。成果は成果です。一例を出してみますよ。

プロゴルファーを夢見てずっと生きてきたが、ご存知のようにトーナメントに出るだけでもとんでもないレベルが要求される。やがてその人間は年齢もあり、トーナメントから遠のき、自宅近くの打ちっぱなしでレッスンプロになった。

あのね、レッスンプロ、あんたなれるかい?そう簡単になれるもんじゃないんだよね。でも彼は必死に一流プロを目指していた。その成果がレッスンプロだ。目指してなかったらなれるわけがないでしょう。

ここなんです。本当の自分の本心を凝視して自分にうそをつかず、世間で言われている価値観を一旦忘れて本音で自分を俯瞰する。すると、案外勝手でわがままで子供じみた希望さえ見つかる。それがあなたの芯であり根っこじゃないんでしょうか。見たくないんですよ、自分の中身って。

暗いと思われる音楽を愛聴する方々にはそんな要素を感じるんです。人は人。俺は俺。そんな唯我独尊とか(良い悪い抜きね)感じられます。そしてその要素は「現代社会の常識に肩まで漬かってるその辺の人の中にも眠っている」と思うんです。皆我慢しています。皆努力しています。それを継続しています。自分の命を時間単位で切り売りして暮らしているんです。報酬なんてなんぼもらったって満足するわけがない。だって命の切り売りだから。値段なんてつけられるわけないですね。

でも一部の変人は(あえて。)そんな社会には居場所がない。だから自分で作るしかないんです。誰でもない、自分であるために。

個性と言うものは出てしまいます。勝手に。たとえ同じ服を着て同じ時間に同じことをやっていてもね。

画家:ゴヤ 「黒い絵シリーズ」、先述のピンクフロイドの音楽、サルバドールダリの絵画一連、小松左京の長編でもいいや。触れてみてください。そしてあなたの中に眠っているであろう、本気を見つめてください。

私は一切の事柄において我慢をしません。
努力なんてもってのほかです。
増してそれを継続なんて冗談じゃない。

今回の「本当は暗い音楽が・・・」シリーズ、第10回を持ちまして最終回とします。なーんかまとまりがないけど、それもまたよしと、自分に対して微笑んでおります。

次回から新シリーズ、ちょいとウザイかもしれませんが「私について」をマガジンとしてお届けします。余計なことは極力省いて骨子だけでと意識して投稿しますね。何人いらっしゃるかわかりませんが、このnoteを読んでくれた全ての皆様に感謝申し上げます。本当にありがとうございます。

ではまた、わりとすぐにnoteでお会いしましょう。

杉山雄一


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