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【第二夜】開けドア

 真夜中に目が覚めた。

 見慣れない天井に一瞬戸惑うがすぐに昨夜のことを思い出し、体が熱くなった。……ようやく想いが叶ったのだ。

 隣でふとんにくるまり小さくなっている佐知子の寝顔を見ながら、俺は愛しさで胸がいっぱいになった。思わずその髪に触れ、頭を撫でた。そうしてしばらく幸せに浸った後、佐知子を起こさないように、そっとまたふとんの中に潜り込んだ。

 佐知子は会社の同期で入社から10年、気の合う仲間としてやってきた。入社当時、佐知子には既に学生の頃からつきあっていた彼氏がいたから、恋愛対象として見られてないのはわかっていた。

 5年後、佐知子が結婚した時には自ら結婚式の二次会の幹事を買って出た。それでさすがにあきらめがつくと思っていたのに、結局俺の中にはずっと佐知子がいた。

 なんで自分の気持ちなのに、自分でコントロールできないのか……本当に腹立たしい。だから余計、佐知子がひとりになったと聞いた瞬間、10年分の想いが堰を切ったように溢れ出てしまったのだ。

「俺は子供がいなくても佐知子が隣にいたら幸せだと思うんだけどな……」

 酔ったふりをして呟いた言葉に、佐知子の目から涙が溢れた。そんな彼女を、俺は抱き締めずにはいられなかった。

 翌日、仕事帰りに改めて佐知子を誘った。彼女は少し考えるそぶりを見せてから「わかった」と答え、すぐに目をそらした。

 なんだろう?妙に胸騒ぎがした。

 店はこれまでも2人でよく行っていた会社の近くにある喫茶店。入社当時の研修帰り、この店に立ち寄り「チーズケーキ」を同時に注文、スイーツ談義で意気投合したあの日が懐かしい。

 先に店に入っていた佐知子が、入口入ってすぐのいつもの席で俺を待ちながら紅茶を飲んでいた。俺は向かいの席に座り、注文を聞きにきた店員にアイスコーヒーを頼んだ。店員がカウンターに下がると、佐知子はいきなり俺に頭を下げた。

「ごめん!昨日のことはなかったことにしてもらえないかな?」

 ……瞬間、頭の中が真っ白になった。

「あ……そうだよな、了解、了解。まあそれでも俺はお前の味方だから、なんかあったらいつでも話聞くし、また飲みにいこうや」

 そう早口で言いながら、気づいたら目から涙が溢れていた。

「ちょ、洋二どうしたの?」

 佐知子が慌てて、おしぼりを差し出す。

 ああ……やっぱりもう無理だ。

 一度こじ開けてしまったドアは簡単には閉まらない。これ以上、普通になんてできない。

「お待たせしました」

 そこへちょうど店員がアイスコーヒーを運んできた。俺はそれをゴクゴクと勢いよく飲んだ。

「ごめん!俺仕事思い出したから、会社戻るわ」

 テーブルに千円札を叩きつけて、俺は店を飛び出した。それでも、走り出そうとした足を止め、かすかな期待に立ち止まる。

 ……けれど、いくら待っても店のドアが開くことはなかった。

【第三夜】ごちそうさま>

#小説 #恋愛 #片思い #男女の友情

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