【第一夜】決め手

 真夜中に目が覚めた。

 喉が少し渇いていた。サイドテーブルの上に置いたまま、フタを閉めていなかったペットボトルのお茶を一口、口に含みフタを閉める。

 足元の誘導灯を頼りにトイレに向かった。用を足しまたベッドに戻ると、ふとんを自分の身体にこれでもかと巻き付け、浴衣を腹の上までめくり上げて眠っている洋二がいた。

 ああ、そうだ。私は洋二と寝たんだ。洋二は会社の同期だった。一週間前、離婚して夫が家を出て行った。夫の浮気には薄々気付いていた。まさかその相手が妊娠し結婚まで話が及ぶとは思いもよらなかったが……聞いた時悲しいと言うよりやっぱりね、という感じだった。

 この春、結婚して六回目の春を……二人で迎えるはずだった。夫は結婚した時からずっと子供を欲しがっていた。私も人並みに欲しいと思っていた。

 けれど五年が過ぎ一向に妊娠の兆しが見られない私に夫は言葉にはしなかったもののすでに期待はしておらず……それが証拠に夫婦の間に夜の営みはなくなっていた。

 最後の夜、私は夫に頼んで寝室のベッドで添い寝をしてもらった。ひとつのふとんで眠るのは久しぶりだった。

 ふとんに入り電気を消すと彼はすぐに規則正しい寝息を立て始めた。そして一度寝るとほとんど寝返りを打つことなく、朝まで仰向けの姿勢のままだった。

 私は付き合い始めたばかりの頃を思い出していた。寝相のいい人だな、と思った。それが結婚の決め手だと言っても過言ではなかった。

「ギリッ、ギリッ……おい!ふざけんじゃねーぞ、コラー!」

 相変わらず、引っ切りなしに寝返りを打ちながら洋二はふとんを一人身体に巻き付けていた。その上……歯ぎしりに寝言まで。

 洋二は入社した時から一番気の合う同期で唯一の男友達だった。仕事帰り、居酒屋で夫と別れたことを話すと酔いが回った頃洋二は

「俺は子供がいなくても佐知子が隣にいたら幸せだと思うんだけどな……」

 と少し恥ずかしそうに話した。私はその言葉に胸を打たれた。やはり弱っていたのかもしれない。けれど……

「クシュン!」

 ホテルの暖房は乾燥して喉をやられるからつけたくない。私は仕方なく洋二から無理やりふとんを奪い返し、ふとんにくるまった。枕元にあったケータイを見るととっくに4時を過ぎていた。

 ……洋二とは無理だ。

 結論はやはり一晩で出た。目をつぶり必死に寝ようとしていた私は急に、元夫の規則正しい寝息が恋しくなっていた。

【第二夜】開けドア>

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