古城(二) by五森

 そこは古城の敷地に建てられた博物館の裏手で、建物を通り過ぎると、いよいよ私たちと城を隔てるものは内堀だけであった。視界については遮るものがなく、古城の全容が見えた。晴天により、堀には古城の反射が美しくあった。そのため実物は存在感はそのままに、反射の方に生気を吸い取られているように見えた。妙に硬く縮こまっており、それはこちらに飛び掛かかろうと筋を収縮させているからだと、そう思えた。私たちは古城の間合いに入り込んでいたのだった。
 視界の左にこちらに背を向けた門衛が入り込み、先を急いだ。踏み出すごとに砂利が音を立てたが、門衛は気がつかない様子だった。
 本丸へと繋がる橋が内堀に架かっている。橋の向こうには観覧券売り場があって、そこから先は有料らしい。「七百円」と書かれた看板が、此岸からも確認できた。
その「七百円」が、古城の風格からか途方もない数字に思え、私を物怖じさせた。いよいよ古城が、その拒絶の態度をはっきりと醸しているようだった。友人もようやっとその片鱗を感じ取ったらしく、本丸は後回しにしようと言い出した。内堀から固めるんだねと、私が言って笑い合った。

 先に敷地内を一通り巡ることにして、改めて内堀を見渡してみれば、そこにまた鴨の姿を見つけた。外堀の鴨より心なしか陰鬱な様子で、無気力に浮かんでいるように見える。水底は緑色に、そこを鯉が、肥えたのからほんの稚魚まであちこちに泳いでいた。
「お前ら、ここは遊びで来るようなところじゃないぞ」
 内堀の鴨の一匹が不機嫌そうに呼びかけた。肩をすくめてみせると、こちらに寄ってきて付け足した。
「ここに居ても良いことなんかねえ。城はずいぶん前からあの調子だし、それにもうすぐ冬が来る。冬に白鳥が渡ってくることくらい、知っているだろう」
 白鳥がどうかしたのかと友人が尋ねると、鴨は呆れたように言った。
 お前ら、白公がどんな奴らかも知らないでいるのか。あれは冬に渡ってくると、恐ろしい首をもたげて俺らを脅かすんだ。首で宙を薙いだら空間はひん曲がってな、それっきりそのままなんだよ。
 嘘だと思った。しかしよく見ると鴨の翼は不自然に歪曲しており、彼は戦傷を庇いながらなんとか浮かんでいるのであった。鴨は至って深刻な表情で続けた。
「外堀の鴨に手伝われて来たんだろ。奴ら白公と組んでやがるんだ。それで俺らをこんな古びた城と一緒に閉じ込めちまった。悪いことは言わねえから帰るんだな」

 仕方なく、私たちは古城を後にしようとした。最後にと、友人が天守の写真を撮りだしたので、私もスマホを出そうと肩掛け鞄を開けた。すると一陣の風が吹き、私の鞄から先程の映画の半券を攫っていった。半券は内堀の上を舞い、我々が来た方とは反対へ飛ばされた。私は半券を取っておく質なので、追いかけて城の西側へ走っていった。普段走らないので、すぐに息が切れた。
 
 

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