「もったいなかったのぉ」
「高かったのにねえ」
　老夫婦の視線の先には、埃を被った46インチの薄型テレビがあった。
　キッチンで朝食をとると、どうしてもこの大きな物体が視界をさえぎる。処分代も高いので、こうして何十年も放置してあるのだ。
「昔はここにいろいろ映っておったなあ」
「きれいな人とかねえ」
「あれは女優ちゅうんじゃ」
「足の長い人とかねえ」
「あれはモデルちゅうんじゃ」
「口の曲がった人とかねえ」
「あれは総理大臣じゃ」
「走る人もおった」
「あれはマラソンランナーちゅうんじゃ」
「わざわざテレビの中で走らんでもええに」
「外で走っておるのをテレビ局が中継しとったんじゃ」
「外で走っておるのをテレビに入れてそれを外におるわたしらが見とったんか」
「そういうややこしいことがいろいろあった」
「また、ああいうのをせんかねえ」
「金がないが」
「うちやあるまいし、なんでテレビ局に金がないが」
「広告が入らんちゅうとった」
「なんでやろ」
「流行り廃りかのお」
「いま流行っておるのはなんじゃい」
「そりゃネットじゃ」
「ネットは嫌いじゃ。なんとかちゃんねるとかなんとか動画とか。クリックよりリモコンのほうがええ」
「あ。やめんか。テレビなんかつけても情けなくなるだけじゃ」
「ええんじゃ、ほら、映りよる」

　LIVE暴落中

「ずっとこれじゃ」
「音があるときはまだよかったのに」
「これじゃなにが暴落しとるかもわからん」
「株かのお」
「まだ株式市場なんてあるんかのお」
「お」
「変わりよった」

　LIVE暴動中

「とうとう暴れ出したか」
「そのほうがよか」
「わしらもいくべ」
「よっこらしょ」
「おまえ、どこに電動ノコなんか隠し持っとった」
「いざという時のためにこれだけは売らんかった」
「ほんならいくぞ」

（了）