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【ショートショート】告白

 脳波が停止したままずっと生きている私には「ゾンビ」という診断が下っている。
 治療方法などあるはずもなく、定期的に医者に通って脳波を測定してもらう日々だ。
 脳波が止まってなぜ考えることできるのか、わからない。記憶に支障もない。
 このまま会社を休み続けることもできないので、私はついに診断書を出した。
「長い間、休暇をいただきまして、申し訳ありません。じつはこういう事情で……」
 封筒を見た課長の顔が硬直した。
「君……よくこれを出したな」
「はあ。これ以上、有給休暇をいただくわけにもいかず、かといって、私のような者が働いていいのかどうかの判断もつかず、進退伺いということにしました」
「預かっておく」
 あとから思えば、この時の課長の反応は変だった。
 なんの音沙汰もないので、私は二週間ほど仕事を続けた。
 事務作業も、先方との打ち合わせも、会議も、とくに支障はなかった。

「先日の件だが」
 と社長が重い口を開いた。
「先日の件だが」
 と専務が重い口を開いた。
「先日の件だが」
 と部長が重い口を開いた。
「先日の件だが」
 と課長は重い口を開いた。
「はあ」
「じつは私も、脳波が、ちょっとあれなんだ」
「ははあ」
「で、これは口外しないでもらいたいが、部長もちょっとあれだ。専務もだ」
「ひょっとして社長も」
「あれだ」
 業務に支障がないわけだ、と私は思った。
「君みたいに、馬鹿正直に進退伺いを出してきたやつははじめてで、正直なところ、困っている」
「短慮でしたでしょうか」
「ま、脳が動いてないんだから、短慮も熟考もないもんだが。で、だな。君を辞めさせるということは、会社がなくなるということだ」
 そんなバカな。うちの会社は、社員が二万七千人もいる。
「健康診断の結果くらい、とうの昔に把握しているんだ」
「そうでしたか。悩んだ自分がバカみたいです」
「ま、そういうな。私も悩んだ。どこで悩んだのか、わからんが」
「そうですね」
「だから、これはとりあえず、破る。脳が動いてなくても、メシは喰わないと死ぬからな」
「ありがとうございます」
「ちなみに、本社の社員は全員ゾンビだ」
「わあ」
「自分も同じくせに驚くな」
「すみません」
「いままで通り、働いてくれ」
「わかりました。ところで、課長、無性に月が見たくなることはありませんか」
「ん?」
「もしあれば、夜が更けてから、築山公園に来てください」
 集会のメンバーがまたひとり増えた。

(了)

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