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【SS】フィッティング

 テレビ局へ行ってきた。
 知人に頼まれ、監修の手伝いみたいなお仕事。表にも出ないし、することもあまりない。スタジオをただうろうろしていればいい。
 その他大勢の出演者が楽屋に押し込められているのを眺めていたら、四角いケースをもったプロっぽい人があらわれた。
「あれ、誰だろう」
「フィッティング屋さんだよ」
「フィッティング? スタイリストじゃなくて」
「スタイリストとかヘアメイクがついてくれるのは有名人だけ」
「そうなんだ」
「だってあれは、その人に合わせた調整でしょ。その他大勢にはそんなことしてられないからさ。ありものに人のほうが合わせてくれなきゃ」
「なるほど」
「衣装、着れましたかあ」
 とフィッティング屋さんが叫んでいる。
「無理です、これは」
 と、太った人がふつうの背広を持ち上げていう。
「いや、これくらいなら大丈夫でしょう。上半身裸になって。はい、ほかの人は後ろを向いて」
「いや、これはちょっと」
「このおなかの脂肪は背中に回して、背中もすごいか。首回りも下げなきゃ。お尻の肉、下げます。はい、叩いて叩いて伸ばす」
「いたた」
「ちょっと固めますよお。収録二時間くらいだから、我慢してくださいね」
「うわたたたたた」
 びりっとなにかをテーピングする音。
「はい。着てみてください」
「あ、入った」
「気合いです気合い」
 私たちは一斉に振り向いた。
 フィッティング屋さん、またの名を衣装の魔術師。
 しかし、魔術はやがて解ける。
 本番中、ぽんと音がして、花火のようになにかが散った。
 後日の放送では、背広男の姿はCGで消されていた。

(了)

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