本業

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 目黒考次郎探偵事務所に猫探しの仕事が入った。
 三日前に家出したまま戻ってこないという。
「鳴き声もしませんか」
 と目黒。
「しないねえ」
 と飼い主。
 都内にあるとは思えない広い敷地の屋敷に泊まり込むことになった。といっても、屋内ではない。
 目黒考次郎は怪我をした獣のように庭の隅にじっと蹲っている。三日が経過し、気配はほとんど消えた。
 脳裏にペルシャ猫のしゃるるちゃんの姿形、表情を繰り返し再生しつつ、猫が通りすぎるのを待つ。
 五日目。
 草むらの奥にふたつの光る眼が出現した。
 目黒はもう人としての意識をほとんど失っている。四つんばいになって、ずりっずりっと草むらに近づいていく。眼は草むらの眼と合わせたままだ。
 そのまま、十センチの位置まで接近した。悪魔に魅入られたように、草むらの中の猫は動けない。
 すっと目黒の前足が動き、猫を捕らえた。
「ゲット」
 目黒考次郎が人間に戻った瞬間だ。しゃるるちゃんもずいぶん弱っているのか、なすがままだ。
 目黒は二足歩行を忘れてしまったのか、しばらくバタバタしていたが、ようやく玄関までたどり着いた。
 主人は、野生化した目黒を前にして眼を丸くしている。
 謝礼を渡すと、「にゃあ」と鳴いた。
 目黒自身は「ありがとうございます」と言ったつもりだったのだが。
(了)

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