おれのじいちゃんは漁師だった。おれが小学生の頃には引退し、毎朝、ガソリン代のかからない小舟を浮かべては釣りをしていた。
 じいちゃんが釣り上げると、おれが網竿ですくって、船縁に吊してある網に放り込む。ところが、この網が破けていて、ほとんどの魚はそのまま逃げてしまう。網にからまっているのはよほどドジなやつだけだ。
 ドジな魚は、朝食になる。じいちゃんは船の上で塩焼きにしたり、刺身にして、ふたりで食った。
 みんな逃げてしまったときは、「ワシは年金暮らしじゃけんのお」といって、家に帰っていった。おれも家に帰って母ちゃんになにか作ってもらった。
 じいちゃんは結局、年金にはほとんど手をつけていなかった。年金はおれの学資となって、おれは都会の大学へ行った。いまでもときどき海に出るが、それは魚を釣るためではなく、水質調査のためだ。
 破れた網は、じいちゃんの死へのレッスンだったのかなあと思う。
 いまでも魚の網をみると、なんだか全身の力が抜けて、その日はなにもしたくなくなり、蒲団にもぐってしまうのだ。

(了)

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