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【SS】架空株式会社

 初出社の日、事務室に入ろうとしたら、恰幅のいい紳士に呼び止められた。
「部長の平林だ。君かね、今日から働くという人は」
「はい。大野と申します」
「よろしい。ついてきたまえ」
 課長のところに連れていかれた。
「き、君は、大丈夫なんだよね」
 課長の目は見開かれ、大きな瞳が左右に伸びていた。
 ドアの外に顎を向けて、部長が言った。
「彼らへの対処方法はあとでスズキ課長が教えてくれるから。それよりどこまで話を聞いている?」
「あの、ここは架空の会社で、仕事も取引先もすべて架空だと」
「なんのために?」
 私もドアの外を見て、なんだかごちゃごちゃとした人たちを指さした。
「あの人たちの就職を引き受けるため」
「よくできました。ついでにいうと、この会社には、三つの層がある。コントロールしている上級層、写真だけ公開されている代表取締役社長と会長。私の上には専務がひとりいる。部長は私をふくめ二名。課長は三名。その下に、どこの会社でも扱いきれなかった人たちがいる。彼らは頭が切れ、プライドが高い。彼らに仕事をしている気分にさせるのがこの会社の存在理由だ。かれらの下には、君のような臨時職員が何名かいる。彼らの目は上にしか向いていないから、君たちは安全なはずだが、なにか危ないことがあったら、まず逃げること。それから連絡してくれ。じゃあ、あとはスズキ君、よろしく」
 部長は一気に喋ると部屋を出て行った。
 キレかけているスズキ課長は、かれらと直接接するレイヤーなんだ。案の定、スズキ課長の声は甲高かった。
「かれらに潰された人間は数知れません。用心してください。ここにはホンモノの仕事はありません。が、いかにもホンモノの仕事をしているようにテキパキと働き、発言してください。疲れたら辞めてもらってけっこうです。潰されるのも、ここではある意味、ひとつの仕事ですから」
 わたしは緊張して、挨拶を始めた。
「ハローワークから紹介されてまいりましたオオノです」
 誰も聞いていなかった。
 紙ヒコーキを飛ばしている人。
 パソコンをばちゃばちゃ叩いている人。
 宙に向かってなにか話している人。
 静かだけど、あきらかに目の焦点が合ってない人。
「ご苦労さん」
 と部長が声をかけてくれて、わたしの自己紹介は終わった。
 するとすぐに金髪の熟女が近づいてきて、右手を持ち上げた。
「これ、ぺこぺこちゃん。私の同居人なんだけど、社員でもないのに一日中つきまとっていて、困るんだよねえ。あなたも相手しなくていいから」
「はい」
 と、私は返事した。もちろん、相手をするつもりはありません。あなたともね。

(了)

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