ダダ漏れ
「おーい、昼飯は?」
と妻に声をかける。
返事がない。
台所にもいない。
どこにいるのかなと家の中を探していると、寝室にいた。
猫と一緒にヒルネしている。
最近、このパターンが多いんだよなあ。
ネコは老いると、どんどん睡眠時間が長くなる。
うちの老猫は二十歳を超え、ほとんど一日中寝ている。横でネコが眠っていると、こちらもじっとしていないといけないからつられて寝てしまう。
「おーい、飯めし」
と、妻の体を揺らすと、ようやく起きた。
「あ、あなた」
「またヒルネかい」
「眠いのよー。何時間でも眠れちゃう。昼ご飯、インスタントラーメンで済ませてくれない?」
「わかった」
猫といっしょに寝るので、だんだん人間の睡眠時間も延びてきた。平気で十二時間くらい眠ってしまう。
ずっと不眠症で睡眠導入剤を飲んできたのだが、猫のほうが効く。私の睡眠薬、と呼んでいたら、それどころじゃなくなってきた。
夜だけならいいが、昼間も眠たくなってきたのだ。
私は日中、ソファに座って、テレビを観たり、本を読んだりしている。
孤独が好きな猫だったが、老境にいたってようやく人に慣れてきたのか、必死の力を振り絞って、膝の上に登ってくるようになった。
猫が膝の上にいると、身動きができない。猫は半身をソファにもたれてすーすーと眠っている。私も眠りに落ちる。
テレワークで軽い仕事をしているので、ときどきは仕事部屋にこもるのだが、その時にも眠気が押し寄せてくるようになった。こういう時はヒルネして、短時間でもシャッキっとした時間を確保するしかない。
「今日はネコの横で三時間もヒルネしちゃったよ」
というと、妻が、
「あら、あたしも」
という。
老猫の必要とする睡眠時間は、ついに一日に二十四時間を超えてしまったのではないか。足りない分が人間に降りかかってくる。
だだ漏れする眠気。
これ以上迷惑な超能力があるだろうか。
うちの町内に入ってくるクルマがかたっぱしから事故を起こすようになった。電柱やら歩道の柵やらいろんなものにぶつかっている。それでも誰も出てこない。運転手は死んでいるのか眠っているのか。
打ち合わせから帰宅した私は死の街のような情景にぞっとした。が、すぐにまた眠ってしまった。
(了)
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