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【SS】即興電話

 ヒラユさんから着信。
「フカガワさん、いきなりですけど、今晩、時間あります?」
「いつでもあります」
「高円寺の例のライブハウスで急に雨宮トリオが演るみたいで」
「行きたいなー」
「対バンはキーボード(文字)と蹴鞠って、ちょっと聴いたことがないんですけど」
「まあ、それはいいですよ。面白いかもしれないし」
「じゃ来れます?」
「迷わなければ」
「前に地図送りましたよね」
「えーと、あの時は行けなかったかなあ。たしか純情商店街の奥の方で、近くに喫茶店があるんでしたっけ」
「ええと、コロナかな」
「コロナの近くと」
「すき家の地下」
「純情商店街をまっすぐ行ってコロナって喫茶店を見つけて、まわりを見回すとすき家がある。その地下で蹴鞠をしている人がいれば正解だと」
「あ、言っておきますが、蹴鞠って名前ですからね。たぶん演奏してますよ」
「大丈夫、わかってます。言ってみただけです」
「キーボード(文字)も演奏ですから」
「雨宮さんはなにをするんですか」
「だから演奏ですって」
「演奏ばかりだな」
「ジャズのライブハウスだから、それ以外はないでしょう」
「そうそう。ライブハウスだった。その名前だけが、出てこない」
「引っ越しした時、名前を変えちゃったのがまずかったですね」
「前はなんでしたっけ」
「あれ」
「グッドモーニングベトナム」
「そんなに長くなかった」
「ベトナム」
「それ、ジャズじゃないでしょう」
「グッドモーニング」
「さわやかすきるなあ」
「朝日のようにさわやかに」
「曲当てじゃないですから」
「じゃあ、ヒラユさんと私の間だけで符丁を決めておきましょう。毎回、情商店街をまっすぐ行ってコロナって喫茶店を見つけて、まわりを見回すとすき家がある。その地下で蹴鞠をしている人だと面倒だし、だいたいライブハウスとは思えない」
「それはフカガワさんが無理に言っただけでしょう」
「コロナかすき家か」
「実物が近くにあるのはマズイ。コロナで待ち合わせしたらコロナに入っちゃう」
「コロナもどき」
「かわいそうです」
「すき家の地下で大騒ぎ」
「それ、タモリが言ってませんでしたか」
「あれはそば屋の二階で大騒ぎじゃなかったかな」
「そばーやそばーや」
「そばーやそばーや」
「ひさしぶりにそばでも食いますか」
「いいですね」
「今日、時間は」
「時間はいつでもあります」
「じゃ、阿佐ヶ谷でいい店が」
「あ、でも、今日はなにかありませんでしたっけ」
「なんだろう、あった気がする」
「なんか高円寺っぽい」
「そう、高円寺っぽくて肉ってぽい」
「肉? そばじゃないんですか」
「うーん」
「思い出せないなあ。じゃ、また思い出したら電話します」
「待ってます」

(了)

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