一周病

「おお、来たか、目黒くん」
 河田警部が声をかけた。
 名探偵、目黒考次郎は眠そうな表情で、ここが現場ですかとつぶやく。
 床には、男の死体があった。
 真っ二つに割れている。
 分断された遺体。
「猟奇ですね」
「猟奇だな」
 体を横から真っ二つに竹割りした感じで、仰向けに寝たまま、上半分がずるっと滑り落ちている。
「どうしたらこんなことができるんでかね」
「おい、どうなんだ?」
 河田警部は鑑識に声をかけた。
 鑑識さんが首をふる。
 宅内を捜査していた刑事が「これをみてください」といって、ノートを開く。
 日記は一カ月前から始まっていた。
「リンゴの皮を剥こうとして掌を怪我したのでバンドエイドを貼った。くだものナイフの血を洗う。痛い」
 次の日。
「ひと晩寝たら、キズがバンドエンドからはみ出していた。出社のついでに大判を買って、会社で張り替え」
 さらに次の日。
「大判でも間に合わなくなった。マキロンをぬって、包帯をテープで留める」
 そのあとも、毎日キズが延長していくさまが書かれている。男は一週間前から出社していない。
 最後の記述は昨夜。
「イヤな予感がする」
 警部と目黒と刑事が顔を見合わせる。
「怪我?」
「事故?」
「病気?」
 いずれにせよ、殺人とは無関係のようだ。
 理由のない不条理は名探偵にも解けない。
 ただ、名探偵には阻止できなかった事件はともかくとして、なるべくなら未来の惨劇を防ぐ義務がある。
「このノートに書かれているナイフはどこにありました?」
 と目黒は聞いた。
「こちらのテーブルの下に」
 と鑑識さんが案内する。
 ルーペでよく見ると、床が傷つき、その軽微な傷がずっと先まで伸びている。
「警部、待避しましょう。できれば、このマンションの住民も全員」
 大騒ぎになって、みんなが外に出たとき、小さな地震が来た。
 そのマンションだけが真っ二つに割れて倒壊した。

(了)

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