【ショートショート】気分屋
背中に引き出しのたくさんついた箱を背負った中年男がいい声を出した。
「きぶんーや、きぶん」
「あ、きぶんやさんのおじさんだ。きぶん、ちょうだい」
小さな家から、手に茶碗をもった子供が飛び出してきた。
「ぼうや、どんな気分がほしいんだい」
「おかあさんがパッと起きて、ごはんを作ってくれるきぶん」
「それはまたずいぶん難しい気分だねえ」
おじさんは笑って、すこしの液体を椀のなかに注いでくれた。
「これをお母さんの顔にかけちゃいけないよ。そんなことをしたら怒っちゃうからね」
「うん」
「枕にゆっくりと染みこませるんだ。できるかな」
「できるっ」
子供は、慎重な足取りで家に戻ると、疲れて熟睡しているお母さんの枕に液体を垂らしていった。アロマの類だろうか。
やがて、大きな息をしてお母さんがぱっと目を覚ました。
「あら、なんて気持ちのいい朝」
そして、まもなくフライパンからおいしそうなベーコンの焼ける匂いが漂ってきた。
きぶんやさんのおじさんは、もう声も聞こえないくらい遠くへ去っていたが、子供は道ばたから「ありがとう」と大きな声で叫んだ。
(了)
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