隣人
いつの間にか、町内に外国の人が増えている。経済戦争で負けた日本は先進国から脱落し、物価が安くそこそこ安心して暮らせる平和な国として、移住希望者が多い。日本人の人口減少は著しく、このままではすぐに五千万人を割るだろうと言われているので、外国の人が増えるのは嬉しいことだが、コミュニケーションの面で問題がある。
おはようございますというと通じるのだが、すこし込み入ると話が通じない。
外見は日本人なのだが、微妙にいろいろな民族の血が混じった人たちが、隣の家に住んでいる。ご主人はワーントさんという。
日本の常識にしばられないので、突然、庭に火の見櫓が出現して町内を監視したり、のら猫を捕まえては首に縄を巻いて飼ったりする。私道の一部を池にして亀を飼い始めたときはどうしようかと思った。
よし、それならこちらも断固として日本人の生活を見せてやると思ったのだが、断固たる日本人の生活というものがわからず、いまのところ、正月に凧揚げをしたに止まっている。
町内会の役員は、毎年順番に回ってくるから、外国から移り住んできた人にも当選、お鉢が回ってくる。今年は、隣の家が役員だ。
ゴミ出しは午前八時までと決まっている。
一度、十分ほど遅れて燃えるゴミを出しに行ったらワーントさんから「遅イデスヨ」と怒られた。きっちりしているところはきっちりしているのである。
それでも、町内会長が日本人のときはまだよかった。長年会長職をつとめていた高田さんが亡くなって、後任にイタロさんが選ばれた。
ずいぶん日本のことを勉強したらしく、回覧板なども定期的に回ってくる。内容はきちんとしているのだが、受け渡し方法が怖かった。最初のときなど、腰をぬかしてしまったほどである。
隣のワーントさんがいきなり小型ナイフを取りだしたのだ。自分の指を傷つけると、流れてきた血で血判を押した。
「血判状かよ!」
町内の絆を高めようとした意図したらしい。やりすぎだよと日本人の会員が注意したが、イタロ会長は、
「これ、必要ね」
と言って絶対譲らず、以後、うち町内会の回覧板は血判状がデフォルトになっている。家族のものはあまり表に出たがらないようになり、私が毎月、指を切っている。
次はなにを言ってくるかと、戦々恐々の毎日だ。
(了)
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