坂道注意
自宅から二十分の自転車通学。
最短ルートは頭に入っているけれど、同じ道ばかりじゃ面白くない。
帰り道で、ふと、横道にそれてみた。
アパートが並んでいる道だが、やがて民家が多くなり、どんどん古びた感じになってきた。左側へ行きたいのだが、どこまで走っても右側への曲がり角しか見つけられない。道自体も微妙に右側に湾曲している。走れば走るほど家から離れていくようだ。
戻ろうかと思ったが、ずっと続くくだり道が気持ちいい。もうすこしこのまま走ってみよう。
坂はだんだんきつくなってきて、ブレーキをかけながらでないと怖くて走れないようになってきた。さすがに大輔もはっと気づいた。
家の近くにこんなに大きな傾斜はない。ということは、いつかは同じだけ登らないといけないということだ。
急に不安になり、携帯電話を取り出したら圏外だった。
「どこなんだ、ここ」
大輔は自転車を降りた。
ここまで大きな道と交わることもなかったし、線路とも接していない。
意を決して、比較的新しそうな家のドアの前に立ち、チャイムを鳴らした。
老婆が出てきた。
「あの、道に迷ってしまって。電話を貸してもらえませんか」
「電話?」
「はい。あの、家電でも携帯でもいいんですけど」
「でんわってなんじゃ」
ぼけてんのかな。
「いえ、いいです。すみませんでした」
大輔は後ずさり、自転車に跨ったが、傾斜がきつすぎて登ることはできなかった。もう一度降りると、今度は歩いて押した。押して、押して、押し続けて、元の道に戻るのに三日かかった。
安堵のあまり、大輔はばったり倒れた。
(了)
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