騒がしい靴屋

 田舎からおばあちゃんが出てきた。
「足腰が弱なってなあ。孫の顔をみられるのもいまのうちかと思うて遊びにきた」
 孫はいつの間にか、スマートなメガネ男子に成長していた。
「なにいうてんねん。まだまだ元気そうやないか」
「あかんあかん。畑やめてからがっくりきてしもたわ」
「ほな、靴、こうたるわ」
「靴?」
「そや、そんな昔ながらの靴履いてるのばあちゃんくらいのもんやで」
 孫といっしょにやってきた靴屋はなんだか騒がしかった。
 檻に入った靴がばたばた、ばたばた動いているのだ。
「ばあちゃん、サイズは」
「24」
 孫はサイズ24の渋めの色の靴を捕まえると、
「ほら、これでどう」
「魚みたいに跳ねとるのう」
「活きがええねん」
「ほな、それでええわ。そやけど、こんなばたばた動く靴ようはかんわ」
「練習や練習。な」
 孫はばあちゃんを近くの扇町公園につれていった。
「ばあちゃん、足をベンチに乗せて」
「よいしょ」
 ぐいっと元気な靴を差し込んだ。
「わあ、たいへんじゃたいへんじゃ。足がばたばたしよる」
「力まんと、足を靴にまかして」
「ひゃあ。どこへ行くんじゃ」
 ばあちゃんは体が軽いから半分空中に浮いて、あたりをぐるぐると回転した。
「目が回る目が回る」
「行きたいほうにそおろっと体重をかけて、足を動かして」
 三十分もしたら、ばあちゃんは汗だくになりながらも、どうにか歩けるようになった。
「こら、楽なもんじゃの」
「でしょー。買ってよかったでしょ。僕のプレゼントね」
「うむ。靴に畑仕事を教えてやらんとなー。おまえもたまには田舎に帰っておいで」
 おばあちゃんは見事な滑りでシャーっと電車の入り口に滑り込んでいった。

(了)

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