リフォーム

 わたしは建築家である。不況下で、仕事がない。ほんとをいえば、不況前からあまり仕事はなかったけど、それはそれとして。
 今日は、珍しく入った仕事で施主さんに呼ばれた。家をリフォームしたいという。
 きっと値切られるのだろうなあと暗い気持ちで玄関のベルを鳴らすと、両親、子供二人という典型的な核家族が目を輝かせて待っていた。
「さささ、どうぞどうぞ」
「汚いところですが」
 通されたのは居間だ。テーブルの上には、何枚もの紙が散乱している。
「いやー、イメージを伝えようとしていろいろ書いてみたんですが、難しいですねー」
 と、中年にさしかかった父親が頭をかく。
「大丈夫です。希望を言っていただければ、わたしのほうで図面にしますので」
「トイレ、シャワー付きの個室!」
 と娘が叫ぶ。
「ひきこもりか」
 と苦い顔の父親。
「おとうさんの希望は?」
 と水を向けてみる。
「一階の中心にリビングがほしいんですけど、九角形というのはどうですかね」
「は?」
「いえ、ドアが九個あれば便利だと思って」
「そんなに必要ですか」
「玄関でしょ。トイレでしょ。風呂でしょ。納屋でしょ。物干しでしょ。二階に個室が三つはほしいので、あと屋根に出るドアを入れて合計九つです」
「ユニークな発想ですな。ユニークですが、技術的には難しいですね」
「あ、そうですか」
「いや、だって、リビングと屋根ってどうやってつなぐんですか?」
 大人げないと思いながらわたしは反論した。言うべきことは最初に言っておかないと、あとでえらいことになる。
「お茶、どうぞ」
「うわー」
 台所にいる奥さんの手が冷茶グラスを握って、にゅっとテーブルから生えている。
「ムリですかねえ」
 私は黙った。

(了)

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