建築湯

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 探偵の仕事には波がある。ヒマなときはとことんヒマだ。それで生活が乱れるようでは、名探偵ではない。
 目黒考次郎は木曜日の夕方にはかならず近所の銭湯に行く。
 体は清潔になるし、じいさん達の噂話はなかなかためになるし、猫の勢力分布図の確認もできる。
 ただ、銭湯自体には多少の問題を感じないわけでもない。
 先代までは「花吹湯」という古式ゆかしい銭湯だった。五代目は建築家になりたかったらしいが、夢破れ、跡を継いだ。
「未完の銭湯を作るのだ」
 と宣言して、毎日自分で拡張工事をしている。煙突のほかに三本の尖塔があるし、地下には教会がある。
 教会風呂だ。
 湯のなかに長いすが設置されているので腰湯状態となり、長く浸かっていてものぼせない。賛美歌を歌うやつもいるし、説教するやつもいる。
 面白いので、目黒はいつも地下の教会にいる。
「目黒さん、説教してよ」
 と顔見知りのじいさんに頼まれた。
「しょうがねえな。いつものやつでいいか」
「あれがいいあれがいい」
「えー、では犯罪における十戒を述べます。一、汝、殺すことなかれ。二、わかりやすいものを盗むことなかれ。三、気づかれることなかれ、四、長居は無用、五、自慢することなかれ、六、情報を収集せよ、七、計画は慎重に実行は大胆に、八、アドリブ禁止、九、犯行はひとりで、十、目黒考次郎に推理されたら観念せよ」
 ぱちぱちぱち。
 今日もウケた、と気分よく帰宅する目黒であった。名探偵の平和な一日が暮れる。

(了)

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