マイキリ

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 都会の毒に当たったと自覚したので、一ヶ月のリフレッシュ休暇をとった。
 思い切って鄙びた温泉宿に投宿したが、一週間もたつとすっかり退屈してしまった。街に出ても拷問のようなストリップ小屋と雑貨屋しかない。
 雑貨屋で「電池をくれ」と言ったら、マンガン電池を出されて目が点になった。いまどきマンガン電池を売るか?
 そんなわけで散歩しかすることがない。
 朝食前に散歩、朝食後に散歩。昼飯を食って腹ごなしに散歩して、夕食前にまた散歩する。夜は月を見ながら散歩する。心はすっかり山の民だ。
 いくら散歩しても温泉につかるので汗くさくならないのが温泉宿のありがたさ。
「おもろいところへ案内しまひょか」
 と出っ歯の番頭に言われたのは二週間もたってからだった。
「ストリップだけは勘弁な」
 というと、むっとした表情で、
「もっと聖なるものでおます」
 という。よけいあやしい。
 ヒマなのでついて行くと、山をぐんぐん登っていく。さすが地元民。夜にここまで来るのは、よそものにはちょっと無理。
「寺でもあるんですか」
 と息も絶え絶えに聞くと、むっとされた。ようよう着いた山の上には、小さな三角の建物。その上には十字架。
「わてら、隠れキリシタンでおます」
「どうして隠れているの?」
「いや、ま、昔は弾圧されておりましたのでな」
「それ、何百年も前の話でしょう」
「そうでおますが、信仰はこそこそやるのがよろしい」
 中では蝋燭をともし、三人の老婆が礼拝の最中だった。
「えーあーさー」
 とよくわからない音を唱和している。
「さあ、あなたも」
「えーあーさー」
 ずっと単調な音を繰り返し唱えていると、心がからっぽになった。
「なかなかええもんですな」
「そうでっしゃろ。この山の上教会は招待制なんですわ。もしよろしかったら、あなたも仲間にならはりますか」
「私はいずれここを去ってしまいますよ」
「ええんですええんです」
「ではひとつ」
 儀式が始まった。
「あなたを隠れキリシタンの里に招待します」
 と番頭さん。
「招待を受けます」
 と私。
「あなたは隠れキリシタンの里に承認されました」
 やれやれと思っていると、オババその一、その二、その三がマイキリ申請してきた。全部受ける。
「まるでmixiですな」
「mixiにも、ちょっと隠れた山の上教会コミュを作ってありますから、おうちに戻られたら入会申請してください」
 と言われた。
 急に世俗にまみれた気がして、次の日に宿をたった。

(了)

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