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【SS】うつろぼ

 斉藤恵子はうつになり、家のことがなにもできなくなった。
 斉藤守は最低限の家事をするようになったが、仕事と家事の両立にはむりがある。家が汚くなるにつれ、妻の精神状態も悪化する。
 守はハウスキーパーの事務所を訪ねて事情を話した。
「できれば、うつに対応できる人がいいのですが」
「人でないといけませんか」
「え?」
「うつの家事ロボットなら、空いていますが」
「家事さえちゃんとしてもらえるならなんでもいいですよ」
「じゃあ、マリアちゃんお願い」
「はああい」とマリアが立ち上がった。
「住所を教えてくださあい」
「大丈夫、案内するから」
「ワタシ、足、遅いから」
「車だから大丈夫」
「ありがとうございます。アラ?」
 マリアがお礼を言い終わったとき、守はもう車の中にいた。
 恵子と守とマリアの三人暮らしが始まった。
 恵子はよくこけた。
 どかーん、と爆弾のような音がする。いまでは、それから三テンポくらい遅れてもう一度、どかーんと音がする。マリアが恵子を助けようとして、同じようにコケているのだ。
 外に出かけても、守と恵子では散歩にならない。守がどんなに遅く歩こうが、あっという間に距離が開き、見えなくなってしまうのだ。ところが、マリアはずっと横に付き添っている。
「さすがうつ対応ロボット」
 と最初は感心していたのだが、ある日、
「買い物に行くから手伝って」
 とサエコを連れてスーパーに行って驚いた。マリアは守の速度にまったくついてこれないのだ。
 うつ対応ロボットじゃなくて、うつのロボットだったのか!
「マリアは、うつなの?」
「なんでしょう、ご主人さま?」
「だから、マリアはうつなの?」
「あー。そうですねー。前のご主人さまはそういって怒ってましたねー」
 あまりにもゆっくり喋るので守は悶絶しそうになった。しかし、この速度は恵子の喋りと同じだ。ふつうに話しかけると、恵子は守がただ怒っているとしか感じられないようだし。
 マリアに頼っていてはよけいストレスが溜まるので、守は以前にもましてせっせと家事をこなすようになった。
 なにをしているのだおれは。
「よく働くねー、守は」とマリアが言った。
「はいご主人様」
 ちがーう、と守は心のなかで絶叫する。

(了)

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