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【SS】火宅の父

「行き詰まってしまったけど、家族解散ってわけにもいかんだろ」
 と父が言った。
「どうしたの」
「不況とか地価下落とか収入減とかいろいろあって、このまま暮らしていけないことがわかった」
「住宅ローンが払えんということやね」
 母の言葉は端的だ。
「それで、この家を売ることにした。売ってもほとんど住宅ローンの返済でなくなるが、差額は一千万くらいか。で、借金返済やらなんやらで、手元に残るのは七百万」
「金持ち」
 と、睨まれた。
「ほとんどおまえの進学資金でなくなるわ。しかたないので、いま流行りのエコハウスに引っ越すことにした」
「段ボールハウスやろ」
「そうともいう」
 家族でエコハウスの申し込みに行った。意外と清潔なオフィスだった。
「十万円で家が買えるってホントですか」
 もう聞かれ慣れているのだろう。対応の女性はテキパキと答える。
「はい、ホントでございます。しかも、庭付きです。エコハウスは軽トラックに積んで運べますので、引っ越しも簡単です。みなさん、好きな土地を巡って、暮らしておられるようです。土地は、全国主要都市の郊外に取得しておりまして、中央に広場があります。広場を囲むようにして、土台が盛り土してありますのでその上に家を設置して固定します」
「家といっても段ボールですよね」
「そうです。できるだけ丈夫に、防水加工を施しておりますが、段ボールは段ボール、家の寿命は2、3年と思ってください」
「じゃあ、数年おきに買い直すんですか」
「はい」
「それでもまあ、安いか」
「個人用よりも数人で暮らす家族用のほうがお得です」
「あの、トイレや台所は」
 と母が聞く。
「トイレ、シャワーは共用です。広場に設置しております。こうしたインフラを維持するため毎月管理費5000円をいただきます。水道と電気は家を設置してすぐに使えるようになっておりますので、水道局や電気会社にご自分でお申し込みください。調理はIHでお願いします。ネット回線もございます」
 父は喜んだ。
「ネットと電気があれば家でも仕事ができるぞ」
「これから寒くなるんですが、ガスは使えませんか」
 と母。
「申し訳ありませんが、ガスはちょっと。段ボールは所詮紙ですので」
 対応していた女性の顔が曇り、じっと父の胸ポケットのセブンスターを見つめた。
「寝タバコをすると、焼け死にますよ」

(了)

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