取材

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「悪いけど、今日の取材ひとりで行ってくれないかなあ。写真は適当でいいからさあ」
 編集者から電話がかかってきたとき、いやな予感がした。
 だいたいにおいて、編集者の勘は鋭い。彼らの出てこない取材にろくなものはない。
 カメラマンを用意していない。これは最初から行く気がなかったことを意味する。重要な取材にカメラマンなしなんてあり得ない。
 で、フリーライターの私だけが辺鄙な場所にある公民館に出かけていったわけである。
 大きな机と、取材者のためのパイプ椅子。机の上には巨大な水槽。
 そして、後ろの壁には下手な文字で「コツを掴めば誰でもできる」の垂れ幕が。
 この垂れ幕をみて、こそこそと引き返していく同業者も多かった。
 私は報告の義務があるから逃げられない。
 空手着を着た発明家が登場した。
「えー、本日はマスコミの方にお集まりいただき、恐縮です。わたくし、びびもくわもすは大変な発明というか発見をいたしました」
「あのー、びびもくわもすってどう書くんですか」
 びびもくわもす氏は黒板に大書した。
「微々木輪模素」
「どこの国の方ですか」
「日本人です」
 機嫌を害した風もなく、微々木氏は続けた。
「えー、みなさん、水というのはH2O。すなわち、酸素と水素からできているのです!」
 また水かよという小さな声が聞こえた。
「私は素手で酸素と水素を取り分けることに成功しました!」
 がたがたと席を立つ音。
「では、これから実演いたします。はあっ」
 微々木氏は、目にもとまらぬ早業で両腕を水槽に突っ込み、
「こちらが酸素っ。こちらが水素っ」
 と叫んだ。
 カシャッ、と写真を撮って、私は編集者にメールした。
 ギャラは振り込まれたが、水関係の発明取材は今後一切お断りしたい。 

(了)

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