臍曲がり署

 呼ばれればどこにでも出向くのが名探偵のお仕事。
 とはいえ、ここだけはいやだなあ。
 目黒考次郎は、階段を登って二階のロビー階に進み、臍曲がり署の受付嬢に「目黒と申しますが、捜査一課の園田警部補にお取り次ぎください」と言った。
 受付嬢は「はい」とも言わず、後ろの上司の席へ歩いていって、なにかごそごそと相談して戻ってきた。
「園田になにか御用でしょうか」
「呼ばれてきたんですが」
 今度は電話をかける。
「園田は呼んだ覚えはないと申しておりますが」
「そうですか。では、帰ります」
 いつものことなので、目黒は慣れたものだ。
 すたすたと歩き出すと、受付嬢があわてて追いかけてきた。
「ちょっとちょっと、なんですぐ諦めるんですか」
「用はないんでしょう」
「粘ればなんとかなるかもしれないじゃないですか」
「あなた、ほんとは園田警部補に電話してないでしょう」
 受付嬢は悔し涙を流した。
「だってだって。そのまま通したら私がなにも仕事をしてないみたいじゃないですか」
 泣き続ける受付嬢には構わず、目黒はエレベーターホールに向かい、八階の捜査一課へ入っていった。受付嬢には場所も聞いてはならない。四階まで階段で上がって渡り通路を通って別館に行き、地下の駐車場を突っ切って、本館の東口にあるエレベーターで六階まで上がって、そこから西口のエスカレーターで八階に行けと言われるに決まっているのだ。たしかにその方法でもたどり着けるが、あとで素直に受付横のエレベーターで八階まで行けると知って、内心腸が煮えくりかえったものだ。
「来ましたよ」
 と園田警部補に声をかけると、
「おっ、ちょっと見せたいものがあってな」
 と、いきなり、取調室へ連れ込まれた。
 黒っぽい姿の中年男がぽつねんと座っていた。
「おい、腹をみせてやれ」
 またかよという表情で、男はTシャツをめくった。
「ははははは」
 ふたりは同時に笑った。
 臍が捻れていたのだ。
「面白いだろ?」
 と園田は言った。
「まさか臍曲がり署に臍の曲がった男が捕まるとはなあ」
 目黒は、表情を引き締めて聞いた。
「で?」
「いや、それだけだ。面白いから見せてやろうと思ってな」
 臍曲がり署の刑事は基本的に優秀だ。事件は自分たちで解決してしまう。
 目黒の出番はない。
 ろくでもない用事でしか、呼ばれないのだ。
 
(了)

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